劇場公開日 2016年4月9日

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「傷付いた者だけが癒やす」孤独のススメ きりんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0傷付いた者だけが癒やす

2024年10月8日
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鑑賞方法:DVD/BD

ふと何かを感じたのだろう。
あるいは嫌味なあのメガネの教会役員への、当てつけや意地もあって、大した理由もなく、勢いで、無謀な行動に出てしまったのかも知れない。
フレッドは、図らずも、壊れた男=「ホームレスのテオ」を迎え入れ
奇妙な同居を始めてしまうのです。

原題は「Matterhorn」というらしい。
でも堅苦しい教会を中心としている狭くて古いコミュニティ。彼らの毎日はいつまでたっても「Matterhorn」どころではない。
衆人環視のムラ社会。
曇り空。
レンガ造りの暗いリビング・・

成り行きで同居し、まさかの「余興の芸人」になる二人のお話でした。
フレッドは、恥辱と緊張の中での「見世物役者とそのマネージャー」を演じているうちに、その堅物のフレッドがどういう人間だったのかが、だんだんと見えてくるところがたいへん楽しい。

つまり
言葉も声も (テオ同様に) 失って、隣人への挨拶さえ忘れていた孤老のフレッドだけれど、
じつは本当に意外なのだが、彼はこんなにもたくさんの童謡や子守歌が歌える人だったのだ。

そして居候のテオも同様に失語症。
そして挙動不審。
なんの返事も出来ないし、感謝どころか反論も、ましてや宿主のフレッドに対しての、愛想やアドバイスなどもやらない存在だった。

だからこそ、
自身孤独で喋らなかった男やもめのフレッド氏も
仕方なく テオに対して声を掛けてやったり、童謡を歌ってやったりすることで、フレッド自身も固まっていた喉が開かれいく。表情もほどけてゆく。走ったり、ボール蹴りもやれるようになる。

そして
黙って話を聞いてくれるテオがずっとそばに居てくれたからこそ、フレッドは胸の内を“独り言のように"語り出すことができるようになったようだ。

― いなくなった息子の部屋のドアを開けるフレッド。
― 死んでしまった亡き妻のクローゼットを開けてみるフレッド。
― 旅行会社を訪ねてドアを開き、スイス行きのバスに乗ってみるフレッド。

息子への後悔と思慕。そして
諦めなければならないと自分に言い聞かせて、密閉していた「妻に会いたい」という想い・・
これらを、フレッドは来訪者テオにならば
閉ざしていた口を開いて、言葉にして吐露ができたという訳だ。

息子や妻にしてやりたかった事を、フレッドはひとつずつ試していく。
―パンにバターを塗ってやり、
―料理や洗濯をし、
―旅行に伴い、
―語りかけ、
―子守歌を歌い、
―ボールを共に蹴り、
―髪をくしけずり、
―結婚式を再現し、
―「メ〜」も言えた!(笑)
そして
いじめっ子には猛然と立ちかかって、テオを我が息子のように助ける。

「ヨハン!!!」。
ヨハンが出ているクラブの、重たい扉を、とうとう父は開ける。

テオのせいで、フレッドが守ってきた「規則正しい生活の歯車」は めちゃめちゃに狂ってしまったけれど、
喪失の日々を償わせてくれるきっかけをくれた「客人」 (まれびと) が、まさしくこの浮浪者テオだったようだ。
彼テオは、孤独なフレッドを救い、
あの意地悪な教会役員の友となり、
テオの妻に愛と勇気と賢明さを与えた。
テオは、小さな村に佳きさざ波を立ててくれた「神の使い」だったのかも知れないね。

みんなに、「心のリハビリ」が起こったのです。
フレッドがやっと、ついに、自分の声を取り戻して、あんなにも大きな声で、父親は失っていた息子ヨハンの名を呼べたのですから。

キリスト教の言葉
「救いは外から来る」、
「傷付いた者だけが癒やす」とは本当だった。
清々しくて、空が青くて、名峰Matterhorn が本当に綺麗だった。

なんか、思いがけず良い映画に出会えて嬉しかったです。
馴染みのなかったオランダの映画でしたが、この映画の舞台となったオランダの、広い干拓地の畑の光景。堪能しました。
そこには病身だったゴッホと、兄に生涯寄り添ったその弟《テオ》の物語を、ふと思い出させるものがありました。

で、
教会の変なオヤジと浮浪者テオが、その後どうなったかって?
そりゃあ、観てのおたのしみ!

・ ・
・ ・

[おまけ]
カルバン派の教会は、いくらか知性重視で、お硬いことで有名なのだが、
あの礼拝の光景で朗読されていた聖書の聖句
「マタイによる福音書25:35〜」(=ぜひ検索を) が、
皮肉なことに、教会の外において、「スポイルされていた者たちの間で」、救済の業として成就されていく。
このストーリーは
あたまでっかちのキリスト教界への批判であることは確かだろうね。

そういえば、
僕も、一晩だけでしたけれど、ホームレスのおじさんを家に泊めたことがありましたねー
思い出しましたよ。
劇中、始終、テオは缶に入ったビスケットを食べたがっていたけれど、うちに来たホームレスはイチゴジャムを僕の目の前で一瓶ペロリと食べてしまったおじさんでした。
はいはい、そうそう!名前も思い出したわ(笑)

人が救われていくとき
そこにはクスクス笑いが発生する。
そういう映画でしたよね。

きりん