エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に : 映画評論・批評
2016年11月1日更新
2016年11月5日より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにてロードショー
青春という名の鮮やかな夢を、まどろむように追体験する2時間
楽しい夢から覚めたとき、あの夢の中へ戻れたらいいのにと思う。かつて“青春”と呼べる時代を過ごした人なら、折に触れ懐かしく思い出し、やはり――無理だとわかっていても――あの頃に戻れたらと願う。その意味で、青春は夢に似ている。
本作は端的に言うなら、「6才のボクが、大人になるまで。」のリチャード・リンクレイター監督が自身の青春を再構成した映画だ。1960年にテキサス州で生まれたリンクレイターは、野球選手として奨学金を得て地元の州立大学に進んだ。映画も、1980年9月、野球推薦でテキサスの州立大に入学することになった主人公ジェイク(ブレイク・ジェナー)が、野球部の寮に到着してから新学期を迎えるまでの3日半の出来事を描く。
ジェイクら新入部員は、寮の先輩たちに時折イジられながらも、ディスコに繰り出して大騒ぎしたり、酒にマリファナにセックスの乱痴気パーティーを楽しんだり、他愛ない遊びやゲームに興じたりして、仲間意識を育んでいく。ジェイクが体験する1980年の夏は、リンクレイター監督の並外れた記憶力とスタッフの尽力により、衣装や小道具はもちろん、ディスコダンスの腰の動きに至るまで、徹底的にリアルに再現されている。
ノスタルジアを喚起するもうひとつの重要な装置が、劇中で流れる音楽だ。オープニングのザ・ナック「マイ・シャローナ」、映画の題に採用されたヴァン・ヘイレンの「エブリバディ・ウォンツ・サム!! 」、チープ・トリックの「甘い罠」(武道館ライブ版)など、当時世界中で流行していたロックナンバーの数々が、観客それぞれの青春の記憶を鮮やかに呼び覚ます。
新しい仲間、新しい恋、将来への希望。高揚感と期待が詰まった青春の日々は、夢のように儚く終わってしまうが、夢を見ている最中はそのことに気づかない。大学初日の講義が始まったとたん、ジェイクが眠りに落ちて映画が終わるのは、この映画が夢だったことを逆説的に示している。新学期というジェイクの“現実”が始まってスクリーンが暗転するとき、観客もまた2時間の夢から覚めて現実に引き戻されるのだ。
(高森郁哉)