「今年一番の収穫」さざなみ 小二郎さんの映画レビュー(感想・評価)
今年一番の収穫
素晴らしい映画だった。何回か見た。書きたいことが沢山ありすぎてまとまらない。
結婚45周年パーティーが週末に控えている老夫婦。夫の昔の恋人(遭難して行方不明)の遺体がみつかったという手紙が届く。浮き彫りになる夫婦の心情の変化、その一週間を描く。
1回目見た時は、流石のシャーロット・ランプリングに唸らされた。バックミラー越しの表情とか特に。ラストシーンも素晴らしい。
一見するとごく普通の日常的な出来事を追ってるだけの映画で、ギャーギャー泣いたり喚いたりもしない。心情を説明するセリフも殆どない。それなのに、ガクンガクンと変化していく妻の心の内が痛いほど伝わってくる。
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2回目見た時は、演出力に魅せられた。
妻は、元恋人の映っているスライドを見つけ彼女が妊娠していたことを知る。湖の前でお腹をさすっている元恋人。そのシーンがものすごく印象的で。スライドが映った白い布がフワフワと風に揺れて、元恋人がまるで動き出したように見える。ハッとしたところで、気付くか気付かないかくらいの微かなさざなみの音が入る。ただのスライドなんだけれども、まるで元恋人がまだ生きているかのような臨場感。夫の心の中で彼女はずっと生き続けていることを、妻が実感するシーン。ちょっとホラーかと感じるくらい怖かった。
妻が寝付けなくて、夜中一人で、スライドが置いてある屋根裏に手を伸ばすシーン。そこでも微かに風が吹いて後ろのドアが締まりかける。元恋人が立っていた湖から風が吹いているようで、このシーンも怖い。
実際、夫は、45年間、元恋人基準で様々なことを選択してきた。結婚式で流した曲(彼女は行ってしまって僕は独りという歌詞)、好きな著者(結婚したら後悔するだろうという言葉を残したキルケゴール)、旅行先(元恋人が亡くなった地形と似た所)、犬を飼うこと(夫婦間には出来なかった子どもの代わりに)。様々な選択の場において、元恋人との日々がちらついている。
夫は元恋人のことを「僕のチャズ」と呼び、「お前に彼女の何が判る?」と妻に静かに問う。
それを知った上で、妻は夫に言う、「明日の45周年パーティーには出てよね」と。
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3回目見た時は、夫役を演じたトム・コートネイが凄いと思った。
昔の恋人をずっと想っているセンチメンタルな男…ただ、それだけだったら、案外妻も許せたんじゃないかと。自分のことは愛していなくても、長年連れ添った同士として日々の小さなことに喜びを見つけながら一緒にやっていこう、そう思えたのではないかと。
でも、それだけではなくて。
パーティーで、夫は涙ながらに妻への感謝をスピーチする。そして、その後、おどけたように妻とダンスする。絵に描いたような幸せな老夫婦を完璧に演じてみせる。
もうこれは、妻への挑戦でもあるんだなあと。「お前が望んでいるのは、こういう絵に描いたような世俗的な表面的な幸せだろう、それに合わせてこの45年間ずっと自分を偽ってきたんだ。俺と彼女の間には、そういう表面的な関係じゃなくて真の結びつきがあったんだ、お前には一生判らないだろうけども」
夫の表情は至極穏やかだけれども、妻への侮蔑がヒシヒシと伝わってくる。45年間気付かなかった妻への冷笑。元恋人とだったら目的のある輝いた人生だったかもしれないのに、世俗的な一般的なところに落ち着いてしまった自分自身への激しい絶望もある。この夫は、自分の特異性や後悔だけに夢中で、それに対して傷ついた妻の心の変化には何ひとつ気付いていない。気付いているのかもしれないが、妻の気持ちなんて、最早どうでもいいと思っている。お互い人生引き返せないんだし、しょうがないと思っている。ただのセンチメンタルな男ではなくて、身勝手で冷酷なナルシストだ。(その抑えた知的な冷たさ、コートネイが非常に巧い。)
だから、最後、妻は夫の手を払う。
シニカルなラストだけれども。人間性を否定され続けた妻が、自分を取り戻した瞬間でもあったんだなと。夫が抱える虚無の淵を払いのける。大変、印象に残るラストだった。
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追記:
俳優陣の素晴らしさもさることながら、アンドリュー・ヘイ監督の緻密かつ自然な構成・演出に魅せられた。日本では劇場公開一作目。なんという人が出てきたんだという驚き。是非、この監督の他の作品も見てみたいと強く思った。
先日、監督の『ウィークエンド』(2011年製作、日本劇場未公開)がPFFで特別上映されるというので見にいった。『ウィークエンド』も素晴らしくて、思わず涙。『さざなみ』とは全く違うシチュエーションながら、緻密に着実に誠実に人物に迫る撮り方は同じ。『さざなみ』の上手さは、まぐれではなかったんだなあと改めて納得。アンドリュー・ヘイという監督を知れたことが、今年一番の収穫だったと思う。
小二郎さん
3回もご覧になったのですね。
僕は、他のかたへのコメントにも書いたのですが途中で怖くなってデッキを止めてしまい、DVD返却しました。
で、いまだもって結末を知らぬまま(笑)
ゲンズブール怖すぎ。