帰ってきたヒトラー : 映画評論・批評
2016年6月14日更新
2016年6月17日よりTOHOシネマズシャンテほかにてロードショー
現代に蘇ったヒトラーが笑わせ、ドイツ社会の現実をえぐる傑作風刺劇
私をいちばん驚かせたのは、おそらくこの作品の大胆さだ。現代にタイムスリップして来たアドルフ・ヒトラーが、モノマネ芸人として大ブレイク!? このアイディアでどれだけ笑わせてくれるのかと疑ってかかっている人も多いと思う。しかし、これがもう全面降伏するしかない、いろいろな意味でとんでもなく面白い傑作なのだ。
ドイツ人が書き、ドイツでベストセラーとなったことで世界中を驚かせた原作は、ヒトラーの一人称で展開される意欲的で強烈、勇敢にして芸の細かい風刺小説。これはこれですごいのだが、このまま映画にしても小説は超えられない。監督は賢明にも映画という媒体の特性を最大限に活用し、小説の本質を映像的視点からエンターテイニングに語り直すという策をとった。とりわけ理に適っているのが、物語にドキュメンタリーとロードムービーのレトリックを取り入れるというアイディアだ。ドイツの各地に実際、このヒトラーを放り込み、崖っぷちのTVマンが撮っているという設定で大衆のガチなリアクションをゲリラ撮影。すると、ナチのトラウマから自由な若い世代が大勢、「ハグして~」「まじウケる~」などと言いつつ自撮り&ツイート! この現実映像によって映画は「ドイツ人にとってヒトラーとは何か?」だけではなく、「現代のドイツ社会は一体どうなっているのか?」という点にも鋭く切り込むことに成功。なんというポテンシャルの高さか。「ヒトラー最期の12日間」や「バック・トゥ・ザ・フューチャー」などへのオマージュも楽しい。
そして圧巻のヒトラー像。ちょび髭を生やした食えないオッサンは、実は一度もモノマネ芸人のフリなどしない。徹頭徹尾、自分自身でいるだけ。周囲が「なりきっている」と勘違いし、発言を曲解しているだけなのだ。この状況が生むチグハグさ、カルチャーギャップのおかしさ、ヒトラーの柔軟で憎めない一面やマイペースな暴走っぷり、いかにもヒトラーが口にしそうなセリフの数々がいちいちツボにはまる。製作陣が見つけ出した"無名の名優"だというオリバー・マスッチのカリスマ演技が見事だ。彼はTVでTVやマスコミの低俗さを糾弾し、あっと言う間にYouTubeやFacebookを使いこなしてプロパガンダに利用。街角インタビューで国民の政治不信をキャッチし、「私に任せてくれ」など巧みな話術で人々に「一理あるな」と思わせてしまう。この魅力が恐ろしいのだ。
当然、現代ドイツの政況や社会問題を知っていればいるほど楽しめるが、驚くほどいま現在の日本人にも響くセリフが満載。「政治家は金を懐に入れる。なぜ国民が怒らないのか不思議だ。『俺たちの税金だぞ!』と訴えろ」なんて、自分たちに言われているようではないか。これもまた「神の意志」なのか?
(若林ゆり)