「“ルーム”だけじゃない、この広い“世界”はあなたの為にある」ルーム 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
“ルーム”だけじゃない、この広い“世界”はあなたの為にある
評判に違わぬ傑作だった。
アカデミー賞の傾向からして作品賞は無かったが、最も心に残る作品である事は間違いない。
現時点で今年の洋画ベスト候補だ。
何の予備知識もナシに本作を見たらその異常な設定に困惑するだろう。
地下室のような狭い部屋に、若い母親と幼い息子の二人だけ。
母親ジョイは高校生の頃に男に誘拐され以来7年間も監禁、5歳になった息子ジャックはこの部屋で産まれた。
冒頭から緊張感を孕み、すぐ引き込まれた。
二人にとってこの“部屋”が“世界”。
ジャックは外の“世界”は“宇宙”と信じている。
この“部屋”以外のものは本物じゃない。
外を知るジョイには“部屋”の暮らしは苦痛だが、ジャックにとってはこの“部屋”が全て。
…が、あいつが居る。時折やって来るあいつが。
暴力的な一面を表すあいつから息子を守る為、遂に“部屋”からの脱出を決意、決行する。
ある物語からヒントを得た脱出作戦はスリリング。
実際見てハラハラして欲しいので詳細は伏せるが、キーはジャック。
(それから、女性警官の名推理がスゲェ…!)
実際にあった事件を基に作られた本作。
その基の“フリッツル事件”は調べてみるとかなりエグいが、本作は監禁生活~脱出のキワモノ的サスペンスではない。
“その後”こそがメインだ。
遂に救出された二人。
待ち望んだ外の“世界”。
しかし…
ジョイにとって監禁されていた空白の7年間は大きかった。
“部屋”しか知らないジャックにとって“世界”は広すぎた。
この“世界”は自分が居ていい場所なのか、自分はこれからどう生きていけばいいのか、どう再会した家族や失われた時間と向き合えばいいのか…。
“世界”は二人にとって“部屋”以上に生きにくい場所…。
我々の知らない長期監禁被害者の実態を突き付ける。
前半の息が詰まりそうな限定空間、後半は静かに深くじっくりと…レニー・エイブラハムソンが卓越した演出力を発揮。
そして、本作の“命”であるブリー・ラーソンとジェイコブ・トレンブレイ。
この二人にはどんなに言葉を並べても足りないので、ただ一言だけ。
その演技に心打たれた。
監禁生活中のTV取材を受けたジョイに、インタビュアーが投げ掛けた言葉が痛かった。
あまりにも酷い辛辣な意見だったからじゃない、一理ある意見だったからだ。
確かに、他に最善策はあったかもしれない。
幼い子供に母親の存在は不可欠だが、本当に子供の事を思ったら、監禁男に頼み込んで子供だけでも安全な場所へ手放す事も出来たかもしれない。
実際ジャックは狭い“部屋”でずっと暮らした為に、内向的な性格になり、またジョイも外の“世界”の嘘を信じこませ、ジャックはそれを信じた。そして打ち明けられた時、ジャックは激しく混乱した。
それがこの歳の子供にどんな影響を及ぼすか。
しかし、母と息子の二人三脚だったからこそ、監禁生活を耐えられたのも事実だ。
息子が居たから母は強くなれた。希望を持てた。
監禁中も時々喧嘩はするが、本音でぶつかり合えるほど二人の絆は強く、固い。
それを引き離す事が出来るか。
それがあるから、この“世界”でも…。
“世界”は広い。怖いほど、広い。
この“世界”でずっと生きている我々でさえ“世界”を受け止められないのだから、ましてや小さなジャックにとっては押し潰されそうなほどだ。
でも、
空ってこんなに青い。
空気ってこんなに気持ちいい。
雨に濡れるとこんなにびしょびしょになる。
雪ってこんなに冷たい。
太陽ってこんなに眩しくて、暖かい。
海って、自然って、こんなに美しい。
動物ってこんなに温もりを感じる。
人って面倒臭いけど、優しさを感じる。
社会って大変だけど、ここで生きていかなきゃいけない。
“世界”は怖いほど広いけど、それ以上に、驚きと発見と楽しさ、素晴らしさ…何もかもが満ち溢れている。
その全てが、あなたの為にある。