劇場公開日 2016年4月8日

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「そして「母になる」映画なのだ!」ルーム ユキト@アマミヤさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0そして「母になる」映画なのだ!

2016年5月14日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

悲しい

怖い

知的

観終わってから、改めて本作の上映時間を調べてびっくり。
118分である。なんと2時間を切るのだ。
しかし体感としては、3時間ほどの超大作を観たのと、同じぐらいの「ボリューム感」がある。
それはなぜだろう? と思った。
母と5歳の息子が監禁された部屋。
その閉ざされた「ルーム」閉鎖された環境で、人間は、子供は、どのように育つのか?
いわば、これは「もし~だったら」という究極の思考実験であり、極めて残酷な人体実験でもある。
実際、かつて日本でも、何年も女性を監禁していた男が、捕まった事件があった。外の世界から完全に切り離されてしまった部屋で、人間の心理はどのように移りゆくのか? 心理学者にとっては興味深い「事例」なのかもしれない。
しかし、事件に巻き込まれた当事者たちの心は、どうしたら修復できるのか?
本作で、誰もが惹きつけられるのが、子役のジャック(ジェイコブ・トレンブレイ)である。
その母親、ジョイは、7年前誘拐され、ある男の自宅の納屋に監禁されている。
その「ルーム」には、天窓が一つあるだけだ。ドアもひとつ。
そのドアには、ご丁寧に暗証番号付きのロック機能が付いている。
彼女はやがて、男との性交渉により、子供を身篭った。
そしてこの閉ざされた納屋で出産。
彼女は初めての男の子に、ジャックと名付けた。
息子ジャックにとっては、この世に生を受けてから5年間、この納屋の中だけが「世界の全て」なのだ。
「ルーム」にはテレビがある。唯一、外の世界の出来事を知る術だ。
ジャックはテレビを見て、無邪気に母に質問する。
「あれは本当にいるの? それともニセモノ?」
そのジャックの無邪気さに、観客は思わず、胸が詰まるのである。
やがて親子は、この「ルーム」からの脱出を試みる。
ジャックが、監禁した男からうまく逃げることができるのか?
息が苦しくなるほどの、緊迫感。
その描写。監督の力量がどれほどのものか、このシーンを見れば、その手腕が確かなのが分かる。
実際、上映中、客席のあちこちで涙を拭う光景が見られた。
この作品、母と息子が無事救出されて「メデタシ、めでたし」
と誰もが思う。
ここで映画はハッピーエンドで終わるのだ、よかったね、と誰もが思い込んでしまう。
ハリウッドでのエンターテイメント作品であれば、それでヨシ、となるハズだが、しかし……。
本作は救出劇の後、親子二人に起こる出来事、特に周りの人々や環境の変化を丹念に描いてゆくのである。
監督の狙い、そして原作者であり、脚本も手がけたエマ・ドナヒューが、本当に描きたかったのは、実は、救出されてから後の出来事ではなかったのか? とさえ思えてしまうのである。
本作のスタッフを見ていると、撮影監督にダニー・コーエンを起用している。かれは僕の一押し「リリーのすべて」で、とても静謐で品の良い映像空間を作り出した。
本作は、明らかに低予算で作られた感のある作品であるが、実はスタッフはアカデミー賞をいつでも狙える「必勝チーム」で作られたことがわかるのである。
さて、日本では、世界的にも評価の高い、是枝裕和監督の「そして父になる」という作品がある。
僕は「そして父になる」を劇場で鑑賞した。
なんと気高い精神で創られた作品だろうか!! と圧倒された。
僕は映画レビューで「この映画は人間の善性を固く信じている。それだけでもこの作品を観る価値がある!」と絶賛した。
そして、ぼくは「ルーム」を観た。
母と息子。
息子の父親は誰か?
それは愚問だ。
「この子は、私の子です」母親のジョイは、力強く答える。
父親が誰であろうと、目の前にいる息子、ジャックは、紛れもなく
「我が子」なのだ。
母と息子が本当の家族になってゆく。
その姿を淡々と描いた後半。その愛情のボリューム感に、僕はきっと圧倒されたのだと思う。

ユキト@アマミヤ