「ただ観れば愚作。考えて観れば傑作。」君の名は。 なとりさんの映画レビュー(感想・評価)
ただ観れば愚作。考えて観れば傑作。
各所話題になっている君の名は。を観てきた。
映画レビューサイトでは絶賛が多く、マニアと呼ばれる人々が酷評しているように見える。
そしてこう思った。
大衆受けを狙ったと言っているが、その実はそう言っている本人こそが大衆側ではないのか、と。
つまり意図的に省略された描写を理解していない人間が多いということだ。
例えば、ティアマト彗星が三度落ちてきた歴史。
例えば、父が三葉の世迷い言とも受け取れる警告を受け入れた理由。
例えば、瀧と三葉との恋愛過程。
考察サイトなどでその部分に関しては書かれていると思うので、詳しくはそちらでも観ればいいと思うが、そのどれもがしっかりと理解し、読解し、感受できていたならば分かることだったように思える。
勿論、普段映画などを観ない層は新海誠の狙いの通り、エンタメ性に惹かれ高評価を下している。
これは唾棄されるようなものではなく、むしろ普通だと思う。大衆が大衆として評価をするならば、それはコンテンツを発展することにも繋がる。
多いから「大衆」なのだ。映画を観る分母はほとんどが「大衆」なのだから。
言いたいのは、あくまでそういった解釈をせずに「雰囲気で出来ている」など、分かったような感想を書いている人間こそ、映画やアニメの文化を腐らせるということだ。
勿論しっかりと解釈した上で、音楽の演出が合わない、登場人物などが合わないという感想は、感性の問題なので寧ろ自身の感性を大切にしてほしい。
しかし、理解せずに酷評しているのは無い。
自分はこの作品を自分なりに解釈した上で傑作という評価をしているので、本当にやめて欲しいと思う。
色んなレビューがあって然るべき。咀嚼して見るか何となく見ても面白いか見方は人それぞれ。
好きな映画を酷評されたからと言って非難するのもおかしい。
色んなレビューが尊重されるべき。
一般大衆です。
面白いと思いましたよ。なーんにも考えないで見ましたが。良いやら悪いやら論議するような物だとも思いませんでした。馬鹿過ぎる?
そうなんですか。
敢えていうなら、ただの映画なんだし気晴らしに見る人もいるし、娯楽ものなんですから、そうそう目くじら立てて他人を批判しなくてもいいかなあと思います。
petaさんがおっしゃるのと同じ事でもありますが、映画の批評は映画に向けるべきで、感想をいう個人に向けるのは違うのではないかなあと思うんですけどねえ。
一般論だが、絶賛で5点付けるのと、酷評して1点付けるのは、どっちも同じように常軌を逸してる。仮に自分は嫌だなと思っても巨大な成功を収めている作品にはそれなりの良さがあるわけだし、逆に、これ以上は無いという興奮状態には割り引かなければいけない臭み(自分には分からない)がある。
意見にすごく同意します。
「高評価だったから見に行った。けど期待外れ」で低評価付ける人は、自分好みの映画かPV等で確認してから観てほしい。
「高評価だったから」だけで観に行って好みに合わずに「期待外れ」「時間と金の無駄」だったなら、それは映画のせいではない。自業自得です。
友人に無理に誘われて合わなかった、だったら……友人に「金返せ」と言っていい。
自分はこの映画にはまりましたけども。
評価が良いので期待して観に行きましたが、この映画を観て、とても不愉快に感じました。理屈をこねて鑑賞するのも良いですが、都合の良い感動物語の第一印象は最悪です。
その通りですね。
低評価のレビューの中には、なるほどなと思うものもあるのですが、
咀嚼せずに酷評しているものがあまりにも多すぎて非常に残念だなと思います。
映画といういわば芸術作品に正しい理解もくそもないので、解釈は自由かと思いますが、これほど多方面から高評価を得ている作品だからこそ、酷評する方のレビューにはより納得のいく説明を求めたいところです。その意見を批判するつもりも、自分の感性を押し付けるつもりもないので。