君の名は。のレビュー・感想・評価
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美しい背景と爽快な音楽
金曜ロードショーの録画で観賞。
公開当時はなぜ大ヒットしたのか理解できず、あまり楽しむことができませんでした。今回は落ち着いて久々に観ましたが、背景と音楽の絶妙な組み合わせに魅了されました。
新海監督が得意とする背景の作画は美しく、新宿のような見慣れた都市や星空の中を落ちる彗星がとても綺麗でした。そこで流れるRADWIMPSの挿入歌も爽快で、全体的に爽やかな雰囲気で楽しめる点がヒットした要因ではないかと考えました。
ストーリーは震災をイメージしたものになっており、特に東日本大震災や福島原発事故の影響を受けているように感じました。日本では地震や台風などの災害が多いですが、そんな状況でも一緒に団結して乗り越えてきました。
これらの経験を基に彗星などのファンタジー要素を盛り込みつつ、ハッピーエンドへの繋ぎ方が上手かった点が、共感できるメッセージ性が強くなっている印象を受けました。
気になった点としては、三葉と瀧が入れ替わったタイミングがわかりずらかった所です。声優の演技で何となく伝わってきましたが、それでもどこで入れ替わったのかあまり理解できませんでした。他にも、登場人物の台詞や行動もツッコミ所が多く、「そこまでやるか⁉︎」と何度も思ってしまいました。
様々な意見はありますが、美しい絵や爽やかな音楽だけでも楽しめます。軽い気持ちで観ることをおすすめします。
少しだけアニメ耐性が付いたおっさんは「君の名は。」をこう見た。
今年の抱負のひとつにアニメ映画に果敢に挑むという、一体何に対しての挑戦かというと、ブログのため、という程度なのだが、今年は、半年以上すぎて意外と映画を観れていないことに気付き、連日連夜大盛況の本作を鑑賞。
「君の名は。」
まあ、想像してた通りなのだが、「おっさんの中二病的妄想シーン」を断続的に綴り、ハイライト的に楽曲をもって疾走感をあたえ、その間を美しい画と演者の演技で一気に、矛盾やいい加減なところを「だましだまし」で最後までもっていったものだった。
「君の名は。」=「STAND BY MEドラえもん」-「感動ポ〇〇」
「君の名は。」≒「ソフトポ〇〇」
というのは少し言い過ぎだが、本作「STAND BY MEドラえもん」の「感動ポ〇〇」と評された現象に近いものはあるが、この本作のうまいところは、みんなが見たいと思っているシーンをつなげる際、全くうまくいっていない整合性、連続性を「すき間」「余韻」「謎」として「だましだまし」でうまくつなげたところにある。
登場人物に感情の連続性が全く希薄なのだが、「シーン」と「すき間」と「疾走感」で「魅せる」映画となっている。
そういった場面場面に心揺り動かされる世代、年代があるのは理解しているつもりだし、実際オレも通ってきた道だし、高校生はこのセカイ感に憧れ、妄想することだろう。
実際、リピーターが多いのはこの「すき間」にあるのだと思う。
これはこれでイイ映画だ。
だが映画バカのおっさんには、作者のお気に入り展開、シーンをぶつ切りでつないだらこうなりましたという映画しか見えず、通してみれば、やはり何も残らない。
ここはおっさんとしての意見を言っておこう。
君たちがいずれ迎える20代はそんなもやもやを抱いて5年間も過ごしたりなんかしない。どこかで出会ったから、心にずっと残っていたから、5年もモヤモヤ生活している、なんてことはない。
そんなあいまいなモノは日々の生活に忙殺、娯楽に浮かれまくってあっという間に忘却の彼方にと追いやられる。20代前半の狂ったようなスピードの日々を知っている俺は、例えアニメとはいえ、その「無我夢中の20代前半」を知っているオレは、そこにリアリティを求めるから、このラストではだめなのである。
そんなおっさんから見ると、ラストは、あれでは、お互いイケメン、美女が偶然目が合って、お互い「本人が勝手に思い込んだ、運命という名のカミナリ(ここでは隕石か)」に打たれて、思い切って「ナンパした」としか思えないのである。
いや、まあ、それはそれで、そっちのほうがリアリティがあるので全然いいんだけど。
映画のデキとして難点としては、特に、これを言っては元も子もないのだが、「入れ替わり」の設定がこの物語に特に活きていないように思える。入れ替わったときの性格の違いがコメディパートでは楽しく描かれるのだが、「入れ替わった」効果が「あの危機」を救うことに直接つながっていない。
まあ、これこそまさに「入れ替わってみたい、入れ替わってみれたら」という妄想を満たすだけのものであることには違いないのだが。
話題の美しい画についても、確かに場面場面を大変美しく彩る。だがやはり作品に感情の持続に、感情を加速させるものも決して多くない。
追記
それでもうまいなあ、と改めて思うのが、「忘却」と「すき間」の「だましだまし」の構成。
携帯電話の使い方、記憶の扱いについても、映画バカのおっさんからすると、もうすこしうまく使ってほしいなあと思うほど、難ありだが、これも「すき間」として機能しているように見えるから大したものだ。
気持ち悪い。怖い。
映像綺麗だし、音楽は感動させられるタイミングでいい感じに挿入されて、物語の軸となるところは鉄板って感じで普通だったんだけど、なんというか、それらを遥かに上回る男目線の気持ち悪さがすごかった!これを大人たちが大衆向けに作ってそれが流行ったのが気持ち悪いね。さすが日本って感じ。高校生をエロい目で見るな。この作品のプロデューサーの1人が児童への性犯罪等で懲役4年の実刑判決受けてるのもなるほどって感じだった。怖いよ。高校生は子どもだよ。子どもの乳揉む描写とかありえないから。子どもは守るべき存在であって、エロいものとして消費していい存在じゃない。ふざけるな。人権感覚なさすぎ。
あとさ、恋愛映画だったけど2人の惹かれ合う描写なさすぎだったよね??恋愛経験無さすぎて相手が異性ってだけで好きになった?ってくらい描写なさすぎた。だって相手がどんな人かって観客の私たちにはわかるけど、入れ替わってる間は本人たちわかんないじゃん…え〜〜???
総括:気持ち悪くて怖いです。
人間は、忘れたくない事も忘れてしまう
男女の入れ替わり設定、時間のズレ設定が加わる、恋愛ファンタジー系映画。
ファンタジーで、タイムスリップ的要素もあるが、
災害モチーフになっており、そこからくる喪失感、消失感、現実味が、
スパイスになって、侘しくて切ない世界観を強調していく。
絵面はとてもキラキラしててキレイ。
隕石が衝突してる大災害だけど、死体は出てこない。
壊れたものは出てくるが、汚いものは一切出てこない。
作品の中に出てくるアイテムのうち、組紐、糸、米、酒は、日本の伝統文化の象徴、
シンボル的なもの、神事的なものとして登場し、
時空を超える広い世界観である一方で、
日本という狭い土地に、根差した世界観でもあるように描かれている。
日本を背負ってる感じのアニメになっているので、
それが世界的に評価されているのは、素直に嬉しい。
自分がいいなあと思うのは、
主人公2人が、互いを覚えておこうとするのに、結局は徐々に忘れていってしまう所。
第一に、名前を忘れてしまうことが、この作品では強調して描かれているが、
名前だけでなく、出来事であったり、思い出であったり、感情であったり、声であったり、
人間は、忘れたくない事も忘れてしまう。
伝統も、繋いで行くこと、受け継いで行くことを意識的に継続していかないと、
すぐ忘れたり、廃れたりしてしまう。
ロストテクノロジーといって、たとえば日本刀は、生産が全盛期だった頃のような日本刀は、
今の時代では二度と作れないらしい。
外国にもそういう事はあって、たとえば有人宇宙船は、人はかつて、月まで行ったはずなのに、
開発が予算の都合で廃れてしまった今、再び月に行く技術はゼロに戻ってしまい、
すぐには人を、月には送れないらしい。
これだけ科学が発展しているのに。
人類史的な面だけでも、色々考えさせられるが、
人間的、個人的な面でも、結構考える余地があって、
学生の頃好きだった人の声は、もうほとんど覚えていない。
幸いにも、思い出や出来事は覚えているが、
声の再生再現が脳内でできないのは、とても侘しいもので、残念な気持ちになる。
「君の名前は?」と尋ねられるだけ幸せなことだよ。
鑑賞後の余韻がとても良かった映画だ。また観たい。
素晴らしい作品
新海監督はよくこのような物語を思いついたなあと思う。
様々な想い、特に割り切れない思いなど人のそのほとんどは満たされない想いの積み重ねかもしれないが、どうしても恋愛だけは嘘がつけなくなってくる。
嘘のない思いを自分自身で感じたとき、やはり涙が流れてしまうのだろうか?
ほしのこえ (2002年)
まだ見ていない
雲のむこう、約束の場所 (2004年)
この作品で監督は「サユリを救うのか、世界を救うのか?」どっちが大切なのかということを考えた。これは形を変えて「天気の子」によって着地した。
秒速5センチメートル (2007年)
この作品で監督は純粋さの根源を小学生まで引き下げて考えたのだろう。
問題は距離だった。幼さ故に感じるどうしようもないこと。
これをロケットに見立て、距離と時間によって壊れるはずのない純粋な恋愛感情の崩壊を描いた。
星を追う子ども (2011年)
ここでは死というもの 誰も何もできないこと それを何とかできないかと考えること
これらを古事記 神話、超古代文明をファンタジーでまとめた作品
仕方のないこと でも受け入れられないことが描かれている。
言の葉の庭 (2013年)
これもまた恋愛になる。
主人公の成長を伴いながらも、これもまた失恋という形で終わった。
さて、
監督にとって恋愛とは多種多様的でありながらも、嘘だけは付けないものでありそれほど人の心がはっきりとするのもない題材なのだろう。
どれだけ想ってみても、ダメな場合
どれだけ二人が盛り上がっても、ダメになってしまうこと
当時それが本人の一番のことであるにもかかわらず、決して叶わないこともたくさんある。
この苦しさや切なさを彼は描き続けてきた。
恋愛にこそ真実がある。
恋愛以上に自分の本当の想いを知ることができるものはないのかもしれない。
監督がそのダメになる過程をいくつか描き出し、そうしてこの「君の名は」でようやく二人の想いを出合わせた。
その過程は長かったし、様々な試行錯誤があっただろう。
終わり方はたくさんあって、物語を失恋にしたい場合はとても簡単だろう。
しかし、その恋愛を成就する場合、そこには登竜門のようなことがあり、その苦難を乗り越える必要がある。
それはまさに奇跡であり、恋愛を信じることができるなら、この奇跡はどんなことであっても信じる人に受け入れられるのだろう。
さて、、
この作品の不思議さは、まるで二つのエンディングがあるように描かれていることかもしれない。
当然伏線はあるし、岐阜県に出掛けなければパラレルワールドに行かずに何事もなく終わる。
記憶も消えていくのだろう。
登竜門のひとつ 忘却
しかし瀧は出掛けた。展覧会で見たあの写真の場所へ。
そして瀧である理由
まだ出会う前に会いに来た三葉 この時間差という概念がとても効果的かつ不思議さが漂うところ。
隕石の落下はすでに起きてしまった出来事で、その少し前に始まった三葉と瀧の入れ替わり。
瀧にとって、あの日電車で出会った三葉の夢から、入れ替わりが始まった。
おそらくそれは彗星のあとのことで、現時点で三葉はもういない。
そしてその事実を岐阜県で再確認した。
登竜門2 諦める
簡単なことだ。
瀧のその思いは、奥寺先輩とデートした日以降、一度も入れ替わりが起きていないことだった。
できたことができなくなった。
最初の一歩は三葉からだった。
それが来なくなったのは、単純にいなくなったからだろうか?
そもそも最初からいなかったんではないか?
瀧の頭には様々なことが思い浮かんだのだろう。
しかし彼は思い出す。三葉の片割れの口噛み酒
彼は見事に登竜門を潜り抜けた。
でも記憶がなくなってしまった。
この最大のピンチ
あれから5年の歳月
ここに忍ばされた時間による崩壊の罠 秒速5センチメートル
しかし「ずっと誰かを探していた」
「僕らなら出会えば必ずわかる」
この想い。
失恋する場合のケースをフォーム化し、それを落とし穴に設定
主人公が罠にはまりながらもそれを乗り越えていく先にようやく手にしたもの。
そこにあるのは紛れもない心の真実で、嘘のかけらもない。
これだけの仕掛けを用意するために長い時間をかけて作り上げられた作品。
文句のつけようのない作品
素晴らしかった。
ところで、
久しぶりに会った奥寺先輩の薬指に光るリング
様々な説が飛び交っていた。
藤井司
この事実は、またどこかの作品で明らかにしてほしかった。
カレンダー見れば判るだろ!
君の名は
•男の子と女の子の身体と心が入れ替わるというベタな設定ながら、そこに時間軸のズレが足されており、身体が元に戻るといずれ記憶が消えてしまうところに新鮮さを感じた。名前を忘れてしまった後も心の糸は繋がっており、再会を果たした最後のシーンは素直に感動した。
•隕石墜落によって消えてしまう糸守町以外は実在する町をベースにされているので、フィクションなのに本当に実在する物語なのではと思えてしまった。
•人生で味わう素敵な経験は全て記憶しておくことはできず、更に言えば自分の死によっていつか消えてしまう儚さを感じるとともに、しかし本当に大切なものは残っていくし、残していかなければという気持ちにさせてくれた。
良いんじゃないの
体験する映画か
日曜日、レイトショーなのに座席は6割がた埋まっていた。
もはや社会現象化したと言えるのだろう。そういう自分も、レビューの異常な評判のよさに惹きつけられて、観に来た。
感想は、「体感する映画。いや体験する映画」か。
とにかく観て欲しい。そして観終わってから感じるであろう、なにかの縁(えにし)とか、運命のつながり。
映画風に表現するなら、組み紐でからまった「誰かとつながっている感じ」を体験して欲しい。おすすめの映画だ。
映画館を一歩でたら、すれ違う人と目が合ったり、歩いている自分の姿が窓に映ったりするだけで、何かの意味を感じてしまう。
確実に、観る前とは違う自分がいる。こんな体験、子供の頃に『スーパーマン』を観て以来か。
日常から切り取った風景も、ちょっと足を伸ばせばどこにでもありそうでいて、極限まで磨き上げられた景色。
日本のどこにも無い。無いから自由にストーリーを飛躍させられる。
でも確実に日本のどこかにある風景。実写では撮れない映画だろう。
新海誠の才能に素直に圧倒された。
新しい夏映画の定番に化けていきそうな新海アニメ。もろ手を挙げて歓迎したい。
========以下ネタバレ========
・残念だったこと
おばあちゃんおんぶはリアリティない。実写だったら、俳優の体力的に断念せざるを得ないシーンだろう。
奥寺先輩は、かなり非現実的なキャラで、長澤まさみも苦労しただろう。もしくは長澤が大根なだけか…全体的に、東京側の登場人物にリアリティが薄かった。瀧のキャラ造型が弱かった。
三葉の周辺は生い立ちまで深く考えられているのに。
三葉が神職である必要があったのか。奇跡を演出するのに、一発で理解できる説得力は生まれるけど。その割りに、神とか生命とかそういう描写が限りなく薄味に仕上げられている。
音楽は、世代の違いだろうか、私には響かなかった。むしろうるさいほどに感じた。
・良かったこと
息をのむほど美しい風景。
市原悦子の説得力はさすが。「結び」の言い伝えは、この作品の重要なキーワードで、あれ以上切ったりつまんだりできない。
展開の面白さ。最後まで綺麗につながっていくお話しの魅力と、誰にでも共感できる説得力。
この10年でベスト
映画館で見てなんぼ
流星群
5年ぶりに視聴。
キャラクターアニメーションの不自然さ、セリフの臭さ、要点の掴みどころのなさ、設定の破綻が目立って感じられた。
とはいえ、流星群が落ちるシーンの音楽や絵の美しさは趣深く、映画史に残る名シーンだと感じる。このシーンを見るためだけにあると言っても過言ではない映画だ。
また、時間を神の啓示とした上で巻き起こる群青劇はよくできているなと感心させられるばかりである。
当時のような新鮮さはないにしろ、質の高い映画だと思う。
この質の高さは細かく雑な部分も大きくみた時に綺麗映るように調理する類い稀なる演出力にあるのだろう。
映画は全体の雰囲気を楽しむべきだという観点でいうならば素晴らしい作品である。
5.0 人生観を変えられる名作、宝物のような映画
4.5 何十回と見返したい傑作、何年経っても思い出せるほどの感銘を受けた映画
4.0 複数回見返したい秀作、自信を持ってお勧めできる映画
3.5 見返すほどではないがとても面白い良作、観る価値がある映画
3.0 所々ツッコミどころはあるが面白い佳作、観ても時間の無駄にはならない映画
2.5 面白くないが最後まで観れる凡作、暇であれば観る価値のある映画
2.0 頑張ればなんとか最後まで観れる駄作、観ても時間の無駄となる映画
1.5 寝てしまうほどつまらない愚作、作り手を軽蔑する映画
1.0 論外、話すに値しない映画
映画館でまた観たい!
毎年夏になるとなぜか観たくなる一作。
クーラーで冷えた部屋で電気を暗くして観るのがよい!
今年も夏きたなあってなります。
当時あまり映画館に行っていなかったのに、あまりの人気さに友人と映画館へ足を運びました。
今考えると本当に映画館で観れてよかった!!
夜空のシーンの綺麗なこと🌌
ストーリーの穴を言い出したら、、というところもありますが、それを超える物語の起承転結とRADWIMPSの挿入歌が素晴らしすぎます。
2人が入れ替わってことが始まる、前々前世か流れるシーンはいつ観てもワクワクと鳥肌が立ちます!!
三葉の日記メモ、絵文字がかわいい😂
何かがおかしい、、とストーリーが不穏になっていくところは、暗い部屋で観ていていつも背筋がゾクっとします。
奥寺先輩のビジュアルを超える声の色っぽさたるや、、。さすが長澤まさみさんです、、、。
初対面の人にお前と言ったり、弱いのに喧嘩早かったりと神木さんの癒しボイスの瀧くんは意外とガサツなキャラなんだなあと思いました。
糸守町に危機が迫っている彗星が割れた時に、瀧くんは綺麗と空を見上げていました。
その状況の違いがよりこれからの不安を感じさせました。
いつのまにか瀧くんの歳を超え三葉の歳を超え、さらには奥寺先輩の歳も、、?(年齢が分からず)と、2016年からの年月を感じます。
ぜひ物語の鍵となる岐阜の聖地に行ってみたいです💭
RADWIMPSの曲を挿入するタイミングが完璧なので、この作品を好きになると、自然とRADの歌も好きになる仕組みになっています笑
また映画館でスパークルを聴きたい!!
きっと来年も夏にこの映画観るんだろうなあ〜💫
映像は綺麗だけど設定が滅茶苦茶
久々に見た二回目。
映像、特に背景の描かれ方は美しい。素晴らしい。
ただ話の流れで彗星に何かあるよなと思わせておきながら、その後しばらく背景に彗星が出てこないことから、あー何か隠してんのねと思い始めたら、すぐになんだ時間軸が違うんだねとひとりで気がついちゃって、そしたら会えなくなってからの話の展開が読めちゃって冷めた。
設定も都合良すぎるなあと思うところがあり、
1.代々続く入れ替わりで、なぜ今回だけ三年ズレているのだろう。地理的にも遠い東京なのは何故?
2.一葉は入れ替わったような夢を覚えているのに、三葉はなぜ覚えていないのだろう?お母さんの二葉も覚えていなかったのだろうか?父はその入れ替わりの相手だったのか?
3.なぜ瀧は三年前に戻れるの?しかもあの時間帯だけ?
4.入れ替わりのタイミングがストーリーのためのタイミングになっていて、なんの根拠もない。繰り返すが三年違っている理由もない。ランダムである理由もない。
5.入れ替わりの背景を持った一族であることは分かるが、代々続く神事を司るなら巫女ではなく神主が必要なのに父はその立場を放棄しているし、誰が三葉の今の神主なんだろうか?
他にもあるはずなのだが、これだけでも理解が進みにくいのはわかると思う。
もののけ姫や千と千尋の神隠しのような重厚な設定を見いだせなかったので、伏線回収してることにはならなかった。あまりに設定が薄っぺらい。
感動した理由を勝手に考察してみた
公開当時映画館でも見たけど時を経てアマプラで鑑賞。
やはりテレビで見るのでは映画館で見るより映像のインパクトは劣るけど、相変わらず号泣してしまった。
2回目だからよりストーリーや伏線を理解できたっていうのもあったかな。
RADWIMPSの歌も歌詞を見ながら聞いてると、割と話のヒントが出てるように思った。
以下勝手な推測。
・三葉と瀧は前世の恋人?
例えば三葉と瀧が数回の入れ違いだけで涙を流したところとか、すぐにお互い恋愛感情に発展したところとかについて、不自然っていうコメントチラホラ見たけどあれは前世から縁があったからじゃないかと考察。
1300年もの間受け継がれてきた伝承、入れ替わりのラストアンカーなんだから、やっぱり三葉の入れ替わり相手は誰でもよかったわけじゃないと思う。
はっきり映画の中で描かれてたわけじゃないけど、前前前世の歌詞から推察すると2人は前世の恋人同士、更に言えば1300年前の隕石落下時から1300年後の未来のまちと相手を救おうと諦めずに頑張ってきた2人なのではないか。(「君が全全全部なくなってチリヂリになったって」「もう迷わないまた1から探し始めるさ」)
そう考えると歌の中でよく出てくる歌詞、「心が身体を追い越してきた」の意味も繋がる気がする。
もはや映画のテーマでもあるように思う「記憶の忘却」を上回る「心の記憶」。「魂の記憶」と言ってもいいかも。
実は私も上にあげたシーンで泣いてしまったが、それは自分自身も覚えがある感覚だったからだと思う。
例えばノスタルジックな風景を見た時に涙が出てしまう感覚に近いかも。
頭では忘れてしまっても心が覚えていて、それが急に涙になったり心が満たされたりする。
それが前世からの縁によるものなのか、現実にあって忘れてしまったことなのかわからないけど、なんとなくその感覚は理解できた。
だからこそ私にとっては心に染みる映画になっていたとも言える。
・三葉の父が急に協力した理由
おばあちゃんも入れ替わりがあったってことは、父母にもあったのではないか。
「お前は誰だ」という父のセリフも、父も入れ替わり経験者であることを示唆していると思う。だって普通は娘の体に別人が入ってるとは思わないよね。
そうなると父が大勢を動かせる権力者の地位についていたことももはや偶然ではないように思う。
ここまでくるとすべて運命かいって思っちゃってそれはそれでちょっと気持ち悪いけど、あの場面で急に都合よく三葉が説得できたと考えるよりは、そういう運命であり父もそれが自分の使命だと理解した、という方がスッキリする。
父の過去はアナザーストーリーが小説で出ていると聞いたので、買ってみようかな。
以上、余韻に浸りつつ備忘的に考えたことまとめてみた。
長々書いちゃったけどとりあえず言いたいことは、映画も音楽も最高ということでした。
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