教授のおかしな妄想殺人 : 映画評論・批評
2016年6月7日更新
2016年6月11日より丸の内ピカデリー、新宿ピカデリーほかにてロードショー
ギラギラと際立つ、ホアキン・フェニックスという規格外の俳優
ロードアイランド州の小さな大学に、いわくつきの哲学教授エイブ・ルーカスがやってくる。情緒不安定の天才で、伝説には事欠かない男だ。夏期講習で彼の講義を受けた女子大生のジルは彼に夢中になるが、死に取り憑かれ、虚脱感を感じているエイブはまるで関心を示さない。しかし、ダイナーでシングル・マザーに不利な決断をしようとしている判事の話を耳にした途端、エイブは息を吹き返し、殺人の計画を練り始める。
完全犯罪計画に魂を奪われたエイブと、彼に魅せられたジルのナレーションが混在するこのサスペンスは、いかにも最近のアレン作らしいリラックスしたゆるい雰囲気が漂い、ドフトエフスキーの「罪と罰」を皮肉に味付けしたプロットを裏切るような作りになっている。彼のここ十年の作品が好きな人には、そのオフビートさがチャーミングに映るだろう。ダリウス・コンジのカメラによる太陽の光で褪せたような映像のトーンとベージュからピンク、オレンジにかけてのカラー・パレットは、アレンの近年のお気に入りであるエマ・ストーンのミルク色の肌、青い瞳、金褐色の髪の色に最高にマッチして、彼女の美しさをひき立てている。リベラル・アーツの大学に通う、乗馬とピアノが趣味のお嬢様ジルを演じるストーンの演技は控えめで、ニュー・ポートの景色や大学構内のお上品な雰囲気に溶け込んでしまっているかのようだ。
そんな中、エイブ役のホアキン・フェニックスの存在感がギラギラと際立っている。犯罪のクライマックス、公園のベンチのシーンでの彼の瞳の輝き、その高揚感はアレンが描こうとした物語のスケールを超えているのではないか。サスペンスの狂人として片付けるには滑稽過ぎる、コメディの登場人物にしてはシリアス過ぎる、どのジャンルに押し込めるのにも危険な存在で、とてもハラハラして目が離せない。刺激のない生活のスパイスとしてエイブを求めたジル同様、映画自体もホアキン・フェニックスという規格外の俳優に振り回されたのかもしれない。今が最盛期の俳優のパフォーマンスを堪能して欲しい。
(山崎まどか)