劇場公開日 2016年3月26日

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「不思議の国の黒木華」リップヴァンウィンクルの花嫁 ao-kさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0不思議の国の黒木華

2016年6月21日
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鑑賞方法:映画館

泣ける

笑える

「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇である」というチャップリンの言葉を思い出さずにいられない。次から次へとヒロインに悲劇が降りかかるのだが、その原因を作っている理由は彼女自身にあるという可笑しみが物語を貫いている。

時計を持ったウサギを追いかけて、不思議の国へ落ちていったアリスのように、黒木華演じる七海も安室という謎の男を追いかけて、不思議な世界へ迷い込む。どうしてそんなことをするのだろう、やめておけばいいのに、と観客は思うだろうが、そんなことは彼女には分からない。素直さなのか、愚かさなのか?主観的に見れば途方もない悲劇であるが、有り得ないほど不幸な目に遭う七海の姿を客観的に見る我々は同情を通り越して、笑ってしまうのだ。

しかし、途中で彼女の不幸を笑うことは自分自身を笑っているということに気づかさられる。他人の言うことを聞かずに、失敗する。選択を間違えて不幸に陥る。程度の差こそあれ、人は誰でも無意識のうちに自ら不幸に飛び込むことがある。七海が迷い込んだ不思議の国は夢と呼ぶにはあまりにも現実的で、現実と呼ぶにはあまりにも非現実的な世界である。それゆえに彼女の不幸は滑稽に映り、そこで出会う奇妙な人たちとのやりとりに現実味が生じる。リアリティーがないと批判するのは的外れだ。これは現実という生きづらい世界をオブラートに包んだ岩井俊二監督らしい粋な演出なのである。

上手くいかない時、何もかも嫌になった時、私は「自分の不幸を笑え」と言い聞かせている。笑いは悲しみを緩和させる唯一の感情であると思っているからだ。だからこそ、後半の焼酎を飲むシーンに私の涙腺は一気に崩壊した。本当に悲しい時、本当にどうしようもない時、人は笑うことしかできないのではないだろうか。この物語は悲劇なのか喜劇なのか?いや、悲劇と喜劇は表裏一体であることを見事に表現している。

人生に迷った時、ふと立ち止まってしまった時、私はこの作品を見返してみたいと思う。不思議の国から現実の世界へ戻った彼女の目には、何が映ったのだろうか?3時間という上映時間の中に人間の悲喜こもごもがたっぷりと詰まった文句無しの大傑作である。

Ao-aO