劇場公開日 2016年11月26日

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「吹かないなら歌うな!」ブルーに生まれついて TRINITY:The Righthanded Devilさんの映画レビュー(感想・評価)

0.5吹かないなら歌うな!

2025年5月1日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル

単純

 ウエストコースト・ジャズの伝説的トランペッター、チェット・ベイカーの半生を映像化した作品。

 チェットを演じたのは、当時45歳だったイーサン・ホーク。

 彼の演奏シーンは吹いているように全然見えない。
 さすがにディジー・ガレスピー役の俳優に「本人になり切って演奏しろよ」とは要求しにくいけど(特殊メイクかCGいるよね)、イーサンにはもちっと気い入れて吹けと言いたくなる。

 映画に描かれる30代後半のチェットを演じるイーサンの役作りには正直不満を感じるし、実際はどうだったにせよ、中年の親父みたいに下っ腹の出たチェットに違和感を感じた彼の女性ファンは少なくなかった筈。

 同じくジャズ・ミュージシャンを扱った『バード』(1988)で迫真の演技を見せたフォレスト・ウィテカーや、映画初主演にも関わらずオスカーにノミネートされた『ラウンド・ミッドナイト』(1986)のデクスター・ゴードンらの表現力や存在感と較べると大きな落差を感じてしまう。

 本作のイーサンは演奏の場面には身が入っていないのに、歌だけはちゃんと歌う。
 チェット・ベイカーが帝王マイルズ・デイヴィスと当時人気を二分出来た要因の一つは、中性的でアンニュイな唯一無比のボーカルの魅力による。
 作中のジェーンはうっとりと聴きいっているが、チェットのファンの何割がイーサンの歌声に魅力を感じただろうか。

 作品に登場するマイルズは、自身の人気や実績を鼻に掛けた、やな奴として描かれれ(実際そうだったんだけど)、チェットの人気やトランペッターとしての資質を認めようとせずに彼を見下す。

 当時のマスコミからライバルとして煽られたマイルズの、両耳を塞いでいても右脳に突き抜けてくるかのような奏法と、日焼け跡に心地よい海風のようなチェットのサウンドは確かに相容れにくいと思う。でも、念のために調べたら、マイルズはチェットの音楽性を認めていたそうだし、二人は仲良かったとも書いてあったぞ!!

 本作の前年に製作された『ストックホルムでワルツを』でも、白人ピアニストのビル・エヴァンスが主人公から神のごとく崇拝される反面、黒人歌手のエラ・フィッツジェラルドはまるで意地悪婆さんみたいに描かれている(キャスティングの段階で悪意を感じる。ファーストレディ・オブ・ジャズなのに…)。

 奴隷だったアフリカ系のパッションとヨーロッパ系のマイノリティの音楽性が融合した結果生まれたジャズは多様性の象徴。
 本作も含め人種対立の構図を持ち込むのは間違っていると思うし、事実を元にしているのなら尚更のこと。

 同時代のジャズ・ミュージシャンの多くが一度はドラッグに手を染め挫折を経験するが、そのほとんどが誘惑を克服して再起するなか、例外的に薬物と手を切れなかったチェット・ベイカーは正真正銘のジャンキー。「自分が稼いだ金でクスリをやって何が悪い」と公言したこともあるほど。

 薬物濫用の結果、デビュー当時は「ジャズ界のジェームズ・ディーン」ともてはやされた瑞々しい美貌も、最晩年は百年以上生きた先住民の古老のように変貌する。
 まるで違法薬物の弊害の見本みたいな人生なのに、本作では悲劇の音楽家として美化されすぎているように感じる。

 エンディングで「1988年にアムステルダムで逝去」なんてキレイにまとめているが、実際は演奏旅行中にホテルの窓から謎の転落死を遂げている(この時のことを題材にしたのが2018年の映画『マイ・フーリッシュ・ハート』)。

 美化せずに、もっと反面教師的に彼の生き様を描くべきだったと自分は思う。

『ブルーに生まれついて』という邦題にもセンスを感じない。『ボーン・トゥ・ビ・ブルー』でよかったのに。

 どうせなら、『レッツ・ゲット・ロスト』(1988)を見たかった。家にLDあるけど、再生機が故障して見られないんです。
 半永久的に楽しめるメディアなんて宣伝してたくせに。

 BS松竹東急にて昨年拝見。

 放送終了する前に『レッツ・ゲット・ロスト』も放送して。いや、いっそ放送終了考え直して!!

TRINITY:The Righthanded Devil
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