「アメリカという国のありよう」ブリッジ・オブ・スパイ REXさんの映画レビュー(感想・評価)
アメリカという国のありよう
そつがなく一切の無駄がない。
エモーショナル過ぎることもなく、ヒロイズムに片寄ることもない。客観的な視点にたち、主人公を英雄視することなく一人の仕事人として描いてみせた。
ソ連スパイの弁護を引き受けた、民間弁護士のドノバン。
「アメリカという国の定義」が、彼の台詞の随所に提示されている。アメリカがアメリカたる所以は、法あればこそで、法を遵守せねばそれはアメリカではない、ということを。
然るべき順序を得ず集められた証拠を元にした裁判を批判し、また、国家の命令で行われたスパイ活動は個人の罪ではないと訴え、スパイに対して死刑宣告をしないことで「アメリカのありよう」を世界に示すことを提案する。
さらりと描かれているが、劇中唸るような名台詞が散らばっている。
アメリカのありようは、【リンカーン】でも提示されていた。こちらも名言が多い。どちらもスピルバーグ監督、もしかしたら二つの作品を通して、正義とは何かをもう一度アメリカ人に再認識させたいのかもしれない。
スパイ容疑で捕まった二人の米国人の挿入話や、車窓から見たベルリンの壁とアメリカの民家のフェンスの対比など、織りまぜるのがうまい。脚本はコーエン兄弟。さすが。
程よい親しみやすさと信頼できそうな男の顔として、トム・ハンクスの存在によるところも大きい。
CIAを巻いたつもりで尾行されていたり、アベルの偽家族に振り回されたり、自分の命も危うい東ドイツで、風邪をひいたから帰りたいと愚痴をのたまったり。本人たちが至って真剣だからこそ生まれるユーモアは、彼ならではの絶妙さ。
しかし、スパイ交換という大きな交渉を、「いざとなったら国はお前を見捨てる」と宣告して民間人に行わせる国家権力の酷さよ。
互いの捕虜たちが自国に帰ったのに、「捕まったのに自殺もしない弱虫」と批判する社会の酷さよ。
四面楚歌の中、夫をしつこく問いたださなかった妻は偉い。
帰ってきて眠りこけたドノバンを、ベッドの脇から眺めていたあの距離に、夫への尊敬の念を感じた。