ヒメアノ~ル : 映画評論・批評
2016年5月17日更新
2016年5月28日よりTOHOシネマズ新宿ほかにてロードショー
ダークな青春スリラーに共感させられる、監督の確かな手腕と森田剛の強烈な役者力
さすがにもう邦画を「ジャニーズが主演してるアレ」みたいな色眼鏡で語ってしまう人は少ないと思うが、もし「ヒメアノ~ル」の「主演がV6の森田剛」だからとスルーしてしまっているなら、とてつもない大損ですよと切に申し上げたい。
逆に「森田剛主演だから気になる!」と感じていた人には「お目が高い!」と感心せずにいられない。恥ずかしながら筆者は今まで役者・森田剛という存在に頓着することなく生きてきたからだ。それくらい「ヒメアノ~ル」で連続殺人鬼「森田」を演じた森田剛の役者力は強烈だったのである。
無軌道に恐喝や殺人を繰り返す主人公の名前が「森田」であることは、森田剛を念頭に置いて書かれたキャラだからではないか、とつい考えてしまうが、この一致はただの偶然だという。実際「森田」というネーミングは古谷実の原作コミックの通りだし、原作の「森田」は馬面の醜男で外見的な共通点もないに等しい。しかしその上で森田剛からキナ臭い暗さを感じ取り、「森田」役をオファーした吉田恵輔監督のキャスティング眼は相も変わらず神がかっている。
劇中の「森田」は、殺人欲求と劣情を暴走させた陰鬱なロクデナシだ。もう一人の主人公である岡田(濱田岳)のガールフレンド、ユカ(佐津川愛美)に付きまとう無職のストーカー。ぶっちゃけ「森田」からいいところを探すことなど至難の業。しかし本作が刺激的なのは、逆に岡田や、コメディリリーフを担当する安藤(ムロツヨシ)が「森田」に比べて「いいところがあるか」と問われると「?」が浮かぶようにできていること。
彼らは「森田」のような反社会性は持ち合わせていないが、グチを言いながら漫然と日常を過ごすだけのダメ人間だ。社会規範からはみ出さないのは凡庸な人間だからに過ぎない。そんな彼らの小市民的恋愛をコミカルに描きつつ、自分の欲望を肯定して凶行に及ぶ「森田」の暴走を同時進行させる。それがカードの裏表に過ぎないことは目を覆うような暴力と恋人たちのセックスを対にしてカットバックさせた吉田監督の演出からも明らかだ。
「森田」には悪の美学もなければアンチヒーローの痛快さもない。われわれ凡人と同じ底辺にいて、最後の一線を踏み越えてしまったマイナスオーラの権化である。このダークな青春スリラーはわれわれ誰もが持っているネガティビティと地続きだし、ちゃんとそう感じさせてくれる最大の功績は、輝きを消し去って地べたをはいずり回ってくれた森田剛と吉田恵輔監督の2人にあると思っている。
(村山章)