「歴史的名作!『ミケランジェロ・プロジェクト』をご覧になった方は必見!」黄金のアデーレ 名画の帰還 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
歴史的名作!『ミケランジェロ・プロジェクト』をご覧になった方は必見!
とにかく素晴らしい作品です。
『ミケランジェロ・プロジェクト』をご覧になった方は必見!ストークスたちモニュメンツ・メンの活躍で多くの美術品がナチスより奪還できました。ではそれらの美術品がその後どうなったのかということを問いかけるのが本作です。
モニュメンツ・メンの活動は、元の持ち主に返却することを目的としていたのに、いまだに10万点もの美術品がもとの所有者に返されていないのが現状なのだそうです。
そんななかで、20世紀が終わる頃、ある裁判のニュースが世界を仰天させました。アメリカに暮らす82歳のマリア・アルトマン(ヘレン・ミレン)が、オーストリア政府を訴えたのです。
“オーストリアのモナリザ”と称えられ、国の美術館に飾られてきたクリムトの名画〈黄金のアデーレ〉を、「私に返してほしい」という驚きの要求でした。
伯母・アデーレの肖像画は、第二次世界大戦中、ナチスに略奪されたもので、正当な持ち主である自分のもとに返して欲しいというのが、彼女の主張でした。共に立ち上がったのは、駆け出し弁護士のランディ・シェーンベルク(ライアン・レイノルズ)。対するオーストリア政府は、真っ向から反論します。
大切なものすべてを奪われ、祖国を捨てたマリアが、クリムトの名画よりも本当に取り戻したかったものとは何か?
史実に基づき、決して大上段に正義を振りかざすのでなく、主人公の目線で葬られた歴史の闇に光を当てていく作品でした。その困難に屈しない情熱に、感動しました。
ラストにアデーレ夫人とともにアップされる〈黄金のアデーレ〉を見せつけられて、この名画に込められたドラマが走馬燈のよう駆け巡り、自然と涙がこみ上げてきたのです。
見終わって、ある作品との共通点を感じました。それは『永遠の0』です。戦後世代が戦争中に起こった真実に触れることで、自分たちのアイデンティティに目覚めるという骨子は、この作品でも同じだったのです。
本作でも戦後世代のランディは、全く戦争中のことには興味を示そうとしませんでした。しかし懇意にしているマリアが、オバタリアンといっていいほど執拗に弁護してくれ~といってくるので、根負けして引き受けたのでした。でも調査してみると、〈黄金のアデーレ〉の時価評価はなんと1億ドル。金に目が眩んだランディは、果然やる気を出して、所属事務所を説得して、ウィーンに向かったのでした。
ウィーンでは、オーストリア人ジャーナリスト、フベルトゥス・チェルニン(ダニエル・ブリュール)の協力もあり、ランディは〈黄金のアデーレ〉がナチスに奪われた過程を克明に知ることになります。それは、ランディも人ごとではありませんでした。それは祖父の作曲家シェーンベルクがマリアと同じウィーンの出身で、マリアと同じくナチスに追われてアメリカへと移住していたからです。この訴訟は、ランディにとっても、自らのルーツに関わることだったのです。
そしてランディの正義感に火を灯したのは、当時のウィーン市民の多くはナチスを歓迎したこと。ウィーン市庁舎は赤くカギ十字の旗で埋め尽くされました。そんなウィーン市民がユダヤ人迫害に手を貸したことが許せなかったのです。
オーストリアでは、略奪作品の返還法が1998年に制定されて以来、各地の美術館で収蔵品の来歴調査が進み、元の所有者の遺族への返還が進んでいました。しかし、国宝級の〈黄金のアデーレ〉だけは別格でした。公聴会で訴えをあっさり退けられたマリアたちは、そこに絶対に返還しないというオーストリア政府の意志を感じ取ったのです。
もう二度とこんな屈辱は受けたくないと、裁判からの撤退を言いはじめるマリア。彼女の気持ちはよく分かりました。この裁定は迫害や略奪受けた当時に等しいくらいの屈辱だったのです。返還法がありながら、どうして奪われたものが帰ってこないのか、見ている方も苛立ちがつのりました。
しかし、オーストリア政府には明確な根拠が。アデーレは、自分を描いた作品については国立のベルヴェデーレ宮殿美術館に寄贈するように遺言していたのです。
普通ならここでドラマが終わるはずです。しかし、ここからランディの戦いが始まりました。裁定を聞いたとき、突然トイレに駆け込んで、嗚咽するランディの姿にもらい泣きしてしまいました。彼にとってもはや〈黄金のアデーレ〉は、損得を超えた、自分のかけがえのない歴史そのものになっていたのです。
その嗚咽に、『永遠の0』のシーンが重なって、泣けてきたのです。既出のストークスも軍の幹部たちに文化や芸術を保護することは命を紡ぐことなんだ、文化や芸術を失うことにいまは何も感じられないだろうが、その後の時間の中で、われわれの命が失われてしまったことに気づくだろうと語っていました。歴史の真実を知ることは、命を知ることそのものだったのです。
ランディの夜を徹した調査が再開します。膨大な資料からついにアデーレの夫フェルディナントが、自らの所有する絵画を政府へ寄贈する考えを取り消し、遺言で甥姪に相続させるとした遺言を発見。アデーレの政府に寄贈する遺言が無効なのだという確証を掴むのです。
しかしオーストリアで裁判に持ち込もうにも、高額な裁判費用が問題に。そこでランディは、ウルトラCの起死回生策を思いつくのです。それは、マリアがアメリカ国籍を持つことを利用して、「米国民は国内において他国政府に対し訴訟を起こす権利を有す」という外国主権免除法に基づき、カルフォルニアでオーストリア政府を訴えたのでした。
この裁判は、最高裁でまで持ち込まれ、マリアに有利な判決が下されると、オーストリアはオーストリア人裁判官3名で構成された仲裁委員会で示談に応じることに合意。2006年1月17日、マリアへの返還が決定したのでした。
この間、幾度となくマリアは激高し、もう無理たわとサジを投げ、裁判から撤退して普通の生活に戻りたいとごねたのです。それを必至でなだめつつ、自身は莫大な借金と第2子出産を控えつつも、決して怯もうとしなかったランディの信念が感動的でした。夫の家庭を顧みない暴走にも、理解を示そうとする身重の妻の言葉にも泣けました。
本作は有名な歴史史実を再現しているだけに、結末は分かっています。しかし結末が問題ではなく、なぜマリアが戦後半世紀も経って、勝訴が難しい裁判に挑んだのか、その心情にふれるべき作品なのです。
器用でデリケートで、面白くてふてぶてしい、そんなマリアのキャラクターに適した素質を全て持っていたのが、名優ヘレン・ミレルでした。ヘレンによって、素晴らしいユーモアの持ち主で、気品があっておおらか、そしてとてもパワフルな生前のマリアが完璧に再現されたのでした。名優によって、普通のおばちゃんに見えるマリアの内に秘めた怒りが表現されていました。それは壊された家族の幸せや奪われた人生に対するヘレンの怒りだったのです。
そんなヘレンよりも、全編を通じて素晴らしかったのは、ランディ役のライアン・レイノルズです。彼は本作を監修したランディ本人との接触をあえて避けて、独自の役作りをしたそうです。でも結局、本人に会ったらすぐに意気投合。お墨付きがもらえたようです。
記者のフベルトゥス役のダニエル・ブリュールはドイツの著名俳優。映画『ラッシュ/プライドと友情』のニキ・ラウダ役といったら分かりやすいでしょう。そんな彼はドイツ人として今でも罪悪感と向き合っているそうなんです。そんな彼の役に深く共感して演技にも注目してください。
最後に、裁判の行方と平行するもう一つの見どころを紹介します。それは、ナチスのオーストリア併合の際の侵攻当時の若き日のマリアの物語です。それは裁判シーンに挿入する形で、断片的に描かれていきます。マリアと家族の逃亡の話は、それだけで1本の映画が撮れるほどスリリングなナチスとの逃避行シーンでした。
また、ナチスに協力してしまったオーストリア最大のトラウマを再現した本作の撮影を暖かく迎え入れたウィーン市民の寛容さにも敬意を捧げたいと思います。過去と向き合わせてくれるマリアの物語の再現は、ウィーン市の歴史にとって、非常に重要な存在だったようです。本作によって、重要な話を次の世代へ伝え続けることができるわけですから。そんな歴史的に残っていく名作だと思います。