シン・ゴジラのレビュー・感想・評価
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矢鱈に発音のよい石原さとみ
英語が飛び交うけど、オール日本人。
外国に頼らないと駄目な日本を描きつつ、
日本人の諦めない精神でゴジラと対決するのは
面白かった。
録画して、1.3倍速で見るのが丁度よい。
(若干、飽きる)
最後の場面で、ゴジラの尾っぽが写し出され、不気味さを煽るが、気味が悪いだけ。
背景も知らないで見たが、後味は悪い。
最後の10分くらい、寝落ち。・・・もぅ一回、観なくちゃ。(汗)
皆で好き勝手、言いたい放題。
だけど責任の所在は、自分以外に求める。
典型的な組織の現状を見ているような気がした。
早口の演出は、緊迫感が伝わって来て、私は好き♪
レビュー等で目にしていた石原さとみの英語は、確かに面白かった。(^w^)
・・・ただ、肝心な最後の10分くらい、寝ちゃって(;´Д`)
結局、どうやって解決したのか、そもそも解決したのか・・・が、分からなかった。
また観なくちゃなぁ~。(;^_^A
何回も見ちゃう
やっぱり日本のゴジラはわかりやすくて好き
途中難しいとこはわからなかったけど東京にゴジラがくるっていうのは興奮する ちょっとイヤミも含めたりそこが庵野さんぽいのかな ちょこちょこ遊び心(音)も含めの面白い伏線にときめく
何回見たかわかんないけどあの東京のど真ん中であれは・・
見たらやっぱり体が固まるよね
災害マニュアルはいつも役に立たないじゃないか
映画「シン・ゴジラ」(庵野秀明総監督)から。
観賞後、この映画のストーリーから考えると、
「巨大不明生物」は「ゴジラ」でなくてもよかったのでは?
という単純な疑問が残ってしまった。
誰もがイメージしやすい巨大生物だから「ゴジラ」なのか、
「核の落とし子」として、共通認識を持ちたかったのか、
タイトルに「シン」が付いた意味も理解出来なかった。
テンポが良いと言うべきか、早口と言うべきか、
主人公の「ゴジラ」より、会議シーンが多くて驚いた。
その中に、内閣官房副長官(政務担当)のこんな台詞がある。
「速やかに巨大不明生物の情報を収集し、駆除、捕獲、排除と、
各ケース別の対処方法についての検討を開始してください」。
日本の場合、こうした怪獣に対しての対応は
「駆除・捕獲・排除」の選択肢が用意されているようだが、
駆除と排除の違いが、よくわからなかったのは私だけだろうか。
駆除とは「害虫などを追い払ったり、殺したりして除くこと」
排除とは「おしのけてそこから除くこと」
そんなに違いがあるとは思えないが、もしケース別の対処方法が
本気で検討されたなら、是非、見てみたい、と感じた。(汗)
でも・・こんな台詞もメモに残っていた。
「災害マニュアルはいつも役に立たないじゃないか」
う~ん、どう評価していいのか、わからなくなってしまったな。
思ったより面白かった
登場人物がみんな早口で何を言っているのかついていけないところも多々あったけど敢えてそうしていたらしい。最初に登場したゴジラ、「え、これゴジラ??」って感じも敢えてそうだったらしい??しかし、ネットで読んだ、敢えてこの映画にアンチな人の意見に同意。ゴジラを作り出してしまったのは人間だった、という初期のゴジラ作品にあった、ゴジラに対する申し訳無さは全然なく、あくまでも「駆除」することに一生懸命になっている人間たちをひたすら描いている点に確かに違和感を感じた。また、総理たち政府要人が犠牲になり、首都圏が壊滅状態になったはずなのにまったくその他のインフラは正常で、困ったときの国際協力を仰ぐのに支障なくフランスなどの協力をサラっと得ることができて日本の力だけで解決!ってまぁ、時間のない映画だからそんなことに手間取ってはいけないのだろうが、そんなに簡単にいくのかいな、って。あと、石原さとみの時々英語、上手なんだけど、無理に入れる必要あるの??まぁ、国際的な部分を出したかったのはわかるけど、よくあるわざとらしい演出にゾワゾワしてしまった。
ゴジラはどこへ行きたかったのか
要素が似ているという某アニメは全く知りません。
本作を鑑賞してみて、ゴジラの根強い人気、レビューの多さとロングランに納得しました。
ゴジラさん、餌を求めて陸に上がったのかと思いましたが、進化の過程で日光浴?ついでに軽めの有酸素運動。
大地震、津波が首都を襲ったら。
富士山が大噴火したら。
「前例のない」「想定外」の事態を前に、あたふたして連携のとれない官僚閣僚達の混乱は現実味があって良かったです。やたら長〜い肩書きと会議名、ややこしい早口の応酬を理解出来ずに、やむなくもう一度劇場に足を運んだ人もいたのではないかしら。
常日頃より頭を下げ続けてきた外交、日本が誇る頑丈な高層ビル、正確な列車を駆使する対処法は、とても日本らしくて良く考えたなぁと思いました。
凝固剤注入は、ゴジラの虫歯治療に見えました(^^;)。
主役級の役者さん達が、脇役で大勢出演しているため、「俳優で顚末の予想がつく」ということはなかったですね。あくまでも国内向け、日本人のための国産ゴジラですが、ハリウッド版Godzillaより面白かったと思います。
可愛い珍獣が初上陸した時は、ゴジラが倒してくれる敵の怪獣かと思ってました…(^^;)。
怪獣の昭和な外観については、歴史もあるのでともかく、石原さとみさんの非現実的な役柄で、一気にB級感が増してしまいました。どうみても、米大統領の椅子からは最も遠い存在でしょう。見慣れた街並みや国内事情はリアリティがあっただけに残念。
ゴジラが通ります
東京を歩くゴジラにてんやわんやする政府の話ですが、災害シミュレーション的でなかなか面白かったです。
想定範囲の甘い楽観視していた各政府機関が小難しい言葉を連打し、アメリカの横槍も入りつつ右往左往しながら最善策を探る描写は、モロにエヴァ風ではありますが、今を感じさせるものがありましたね。
まぁ賛否はあって当然ですが、結構見応えはあるんじゃないかと思います。
平泉成の担がれ総理が、良くも悪くも非常に日本人らしさがあって面白かった。
災害と人々のリアクションを描いた、エンターテイメント
突如ゴジラが襲来。想定外の事態を前にした、組織や人々を描いた映画。
3.11の震災の記憶が残る、2016年の公開。
しかし、この映画は災害の怖さや政府の欠点や外交関係の危うさを指摘する、問題提起の映画ではない、と私は思う。むしろ、災害を観て楽しんだり、慌てる人を見て面白がったり、ゴジラとの闘いを観戦して内心熱狂するための映画である。
そう考えると、最後のゴジラの尻尾の謎も分かり易い。夢のない見解ではあるが、あの尻尾についているヒト型の何かは、特に意味のない、バズ要素である。
意味ありげで謎な要素を足しておくと、話題になるし、おもしろがれる。2001年宇宙の旅みたいなもの。
ヒト型というのは、意味を感じさせやすく、かつゾッとしやすい適切な選択だと思う。そして狙い通り、見た人は皆それぞれの考察を深めており、筋の通る複数の解釈が出て来ている。とても良いバランスの謎だ。後から、こういう意図だったと説明することもできるので、無いかもしれないが、続編も作れる。
そういう謎要素を入れようという気持ちは共感できる気がしている。私は大好きである。
ところで、この映画が3.11などの災害を意識して作られているからといって、破壊シーンを楽しむことを不謹慎だというのは見当違いだ。
人はスクリーンを通して見るものなら、悲しい光景であれ恐ろしい光景であれ、エンターテイメントとして楽しむことができる。その感性を無視するのは素直ではない。
実際の津波の動画を見て「こわくて最高!」と言ったらさすがにひどいが、現実でタブーな楽しみを堂々と享受できることが、映画の一つの価値ではないか。
(後日加筆)
前半と後半のギャップ
とくに最初の30分は昭和のゴジラかと思ってしまった。こんなのを見るつもりじゃなかったという思いが頭のなかでぐるぐる・・・ゴジラの幼生?なのか、この作り込みが昭和感まる出しで戸惑いすら感じる。
あえてそうしたのか・・・・とにかく前半は戸惑い続ける。
後半はようやく下馬評通りの迫力あるゴジラが登場するが、よく見ると、暴走するゴジラ、右往左往する政府、どうにもならない状況、マヒする東京、ゴジラのコントロールを試みる人間、国際社会の目、アメリカ追従、そして福島第一の事故を彷彿とさせるあの車、・・・・このゴジラは福島第一原発を表していることに気づく。
ゴジラという映画に社会性を見出すとすれば「反核兵器」が通底するテーマだったが、このシン・ゴジラで反核兵器から「反原子力」に新たにテーマが変わったのだと感じた。
しかし、前半のチープさもそうだが、破壊の限りを尽くした後のシーンできれいな街が登場するところには限界を感じた。テーマが壮大なだけに。
一見単純だが、深いテーマも内包する映画と感じました。
こんなの、ゴジラじゃない。
昔から、ゴジラ映画観てたけどはっきり言ってこのゴジラ映画は、B級映画だね。
悪いところから
・キャストが、無駄に多すぎる。
・ひとりひとり、何言ってるか、分からん。
・肝心のゴジラが、余り出番が無い。
・会議ばっかで、つまらん。
・第2形態が、気持ち悪い。
・ゴジラを、何故CGにした。
・咆哮は、余り鳴かないし、熱戦も余り吐かないし。
良かったところ。
・12年ぶりに、日本新作で、0.5点
・ゴジラが、傷付きそれで、内閣の無能連中を一掃したのは、良かった。
0.5点
・ゴジラが、熱線吐いて東京の3区を壊滅したのは、良かった。0.5点
・伊福部昭氏の音楽使用されてて、良かった。0.5点
1年経過してるから、何言ってもしゃーないんだけど。
何故、東宝はエヴァンゲリオンの監督を使っちゃたんだ。
次回作、仮に制作するなら、庵野秀明貴様は絶対に関わるな。
貴様は、エヴァだけ関われば良いんだよ。
ゴジラ全作品観てますけど、このゴジラは絶対好きになれない作品です。
謎のシンゴジラブーム
映像も音も並み以下の凡作ですね。会議のシーンは有りがちな展開を平坦に並べてるだけだし。ゴジラの足元を避難する人々の描写に真実味が無いのが何より致命的です(理路整然と混乱して見せているだけ)。ここの出来さえ良ければ、会議のシーンも活きてきたのに。中盤の都心部を焼き払う場面だけは凄かったが、以降はご都合主義だらけの電車爆弾とヤシオリ作戦でめでたく終了してしまって、観ていてしらけました。この映画を過剰に喜んでいる日本は、大丈夫なのかと心配になります。
1954年上陸時より焼失面積広そう(笑)
テンポいいですね。台詞がわからないというコメント多いですが、わからなくていいと思います、この映画の場合。あの台詞の速さや、肩書きや部署名などの字幕の長さと早出しはどう考えても故意でしょう。スピード感を出すと同時に皮肉でもあります。主人公も作戦名が長いと言っています。
またしても東京を焼け野原にしちゃうわけですが、半島からの物騒な飛翔体が誤射にしろなんにしろ、都心にヒットしたらこんな感じ?とか思いながら観てたらゾッとするリアリティがありました。
ゴジラが口から火焔を出すときの割れる口は「寄生獣」のパラサイト、ラストシーンの尻尾の突起は「エイリアン 」を想起する。シン・ゴジラの出自は果たして??
「対馬沖で異常がみられる」という伏線が回収されてないと思うのですが、わかる人いたら教えてください。
愛国にすり替えられた反原発の祈り
『自分の外には自分の知らない感情が無数に存在し、まったく矛盾する幸福感を持つ人たちが、隣り合わせで生きているのだ。私のLOVEは誰かの悲しみだったり。』
HONDA TVCM〈Go,Vantage Point〉より
エヴァンゲリオンはもちろん、軍事から鉄道まで幅広いヲタのみなさんが泣いて喜びそうな小ネタ満載の本作は日本では大ヒットを飛ばしたが、海外での評価はいま一つ盛り上がりに欠けているようだ。
まるで他人事のようにマニュアル通りの声明文を読み上げる首相(大杉漣)以下内閣の無能ぶりや、ゴジラ内部の原子炉凍結をはかる一時しのぎのヤシオリ作戦などは、なるほど3.11をリアルに体験している日本人ならばピンとくるシナリオだ。
体内核融合によってエネルギーをえて東京を放射能汚染地獄に変えてしまうゴジラはまさに動く原子炉であり、この巨大不明生物が“フクシマ”のメタファーであることは一目瞭然であるが、その寓意がうまく伝わってこないというのだ。
庵野監督が福島被災者の気持ちを忖度したせいなのか、映画制作の意図が反原発とは別のパトレーバー的愛国心を鼓舞することにあったのかはよくわからないが、ゴジラが東京を目指した理由や本作のキーマンとなる牧教授の物語をあえて封印した演出により、ラストシーンの(人間の煩悩を増幅させる装着としての)象徴性がぼやけてしまった感は否めない。
おそらく反原発を叫んだであろう牧教授やその奥さんを含む被災者の怨念が憑依したゴジラが(福島が電力を供給し続けた)東京を目指したのは、テクノロジー万能を過信した東京いな日本が享受しなければならないいわば当然の“痛み”だったのではないか。
もはや“神話”と化しつつあるその技術力を駆使して、完全無欠の生命体=神ゴジラを封じ込めようと躍起になるはみ出し官僚&タカ派発言を繰り返す主人公矢口蘭堂(長谷川博巳)の姿に、共感どころか後味の悪さを感じてしまう人もいることだろう。
国民生活など二の次で、本当は省内出世と既得権益確保にしか興味のない官僚の大活躍によって一応の決着を迎える本作は、ドメスティックな九条改憲派にはすこぶる受けがいいそうだが、ゴジラ侵攻によって最も被害を受けているであろう一般ピープルの視点が抜け落ちているのが気になるところ。
(ショック・ドクトリンに基き)TOMODACHI作戦なる有償援助を押し付けられた日本の米国に対する不満を表明するのがせいぜいの、想定範囲内の反原発映画と評価されてもいたしかたのない映画の出来に(小ネタ祭には狂喜乱舞するものの、物事の本質には見ざる言わざる聞かざるを決め込む国民性に)、庵野監督自身さぞはがゆい思いをしていることだろう。
いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
唾(つばき)し はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ
(風景はなみだにゆすれ)
『春と修羅(mental sketch modified)』より抜粋
エヴァの面影が、
エヴァの監督庵野秀明さんの作られた映画ということで、エヴァ感が半端ない。(笑)
音楽もなんかエヴァでかかってたような。
てか、話長い、まぁ、日本の今の政治体制はこんなもんかな?
あと、石原さとみさんのイーオン化笑えました。好きですけどね。あのキャラ。
無人電車爆弾、初めて見ました。
ゴジラは変わった・・・
子供の頃ゴジラが好きだった。夏休みや冬休みに近所の映画館で上映される「東宝チャンピオンまつり」を楽しみにしていた。
地方だし、今と違ってネットもゲームも無く、楽しみなんてお祭りと「ゴジラ」映画くらいだった。
ハリウッドのゴジラは(エメリッヒじゃない方ね。)は面白かった。この監督は「ツボ」を知ってた。なので東宝の本家ゴジラではないが、十分楽しめた。
どこが気に入らないかと言うと・・・・
映画の時間軸でもっとも重要な後半にメインのゴジラがずッと寝てた・・・じゃん。あれないよ。
政府や自衛隊の会議室が中心でアメリカ特使とか国連とか本来ドラマの脇にいる存在、組織が全面に出てるから、主人公的存在がぼやけてる気がする。
それでも世間の評価が高いのは世の中が変わったからだろうか。
だから「シン・ゴジラ」なんだろうなぁ。
ただ、クライマックスに東京駅へ乗り入れる新幹線や在来線に爆弾を乗せて走行させる一連の「◯○作戦」進行のバックに流れる伊福部昭の「地球防衛軍のテーマ」(だっけ?)は、マカロニ・ウエスタン同様音楽が映像を引き締めた良い見本だと思う。
(でも、爆発してもあんなに列車が高く飛び上がるもんだろうか?)
非常に面白かったです。 大迫力のゴジラをみて興奮しました。 徐々に...
非常に面白かったです。 大迫力のゴジラをみて興奮しました。 徐々に進化するゴジラ、 自衛隊との こうぼう、 日本政府の戦略、 など、 みていて楽しめる要素が満載でした。
以前、 別のゴジラの映画をみて、 [やっぱり にほんの映画は詰まらない] とおもい、 それ以来 にほんの映画をあまり見なくなりました。 しかし、 シン・ゴジラ をみて、 にほんの技術力の高さを感じました。 と言っても、 これは [庵野秀明 監督の能力の高さ] というべきであって、 相変わらず にほんの映画の技術力は低いのかもしれませんが。
ただし、 不満点も有りました。 音楽がエヴァンゲリオンの流用でした。 同じ庵野秀明 監督の作品なので流用可能なのでしょうが、 せっかく新しい映画なので、 新しい音楽を楽しみたかったです。
また、 字幕の一部が背景に溶け込んでしまい読めませんでした。 それも問題ですが、 もっと深刻な問題は、 字幕が読めなくても なんの問題もなかったことです。 要するに、 字幕の内容は、 なんとなく [それっぽい雰囲気のこと] を喋っているだけで、 直接ストーリーには関係ありません。 そういう [雰囲気作りの言動] が非常に多かったです。 もう少し ストーリーに直結する部分を増加してほしかったです。 言い換えれば、 ストーリーが希薄だった、 とも言えます。
緊迫感のない棒読みの せりふ、 不自然な日本語、 などが時々挿入され、 現実に引き戻されてしまいます。 もう少し、 演技や せりふ回しでひっ迫間を創出してほしかったです。
日本の40%へ向けた映画
日本人が誰も「ゴジラを知らない」という世界には違和感を感じざるを得ない。
笑ってスルーすれば良いと言われればそれまでなのだけれど、伝説の云々というくだりは特撮物特有のウソ臭さを感じてしまう。
リアリティを重視して「一度もゴジラが来ていない」設定にしたのだろうけれど、一度もゴジラが襲来していない世界の我々がゴジラを知っている。
子どもが絵本を取り落として”ゴジラ”とつぶやく…で良かったのではなかろうか?
で、本作にはパーソナリティを持った”一般人”は出てこない。市民側から見た喜怒哀楽のようなものは殆ど感じられない。あくまで政府側視点である。
それはそれで面白いが、皆が感情移入出来るか?は疑問に感じる。
初代ゴジラに対比させて、東日本大震災の惨状を重ねたのは解る…が、ゴジラが襲ってくるのは東京である。
東京が狙われることはシリーズの定番とは言え、物語がリセットされている以上は過去の理由は使えない。
実際に類似する事態になった時に、政府は「東京だけを守る」という判断を下すだろうか?
選挙の毎、東京の一等地よりも限界集落の方が国政への影響力が強くて不公平だ…などと言う人達だから、切り捨てられてもおかしくは無い。可能性はゼロでは無い。
地方在住としては、そんなことを考えてしまう。
殊更に地名の案内も出ないので、終盤は地元民と軍事オタク以外は蚊帳の外という感じである。
東京の人は気付かないのだろうが、東京を全国民が知っている訳では無い。
そんなわけで、これから頑張っていこう!というメッセージも、どことなく他人事に感じてしまわざるを得ない。
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