「いずみちゃんとたつやくん:ミステリに不向きな私」怒り だいずさんの映画レビュー(感想・評価)
いずみちゃんとたつやくん:ミステリに不向きな私
1年前の事件と、新宿、千葉、沖縄に現れた素性不明の男と、彼らを取り巻く人々の群像ミステリー。
特に沖縄のパートに感情が揺さぶられたので、そこに特化した感想を。
千葉も新宿もよかったが。
渡辺謙も妻夫木聡も宮﨑あおいも良かった。もちろん素性のわからない3人、綾野剛、松山ケンイチ、特に森山未來が、すごかった。
そして何より、広瀬すずと佐久本宝が良かった。
いずみちゃんとたつやくんに、あかんよ、田中みたいな、屈託なく距離を縮めてきて、ずっと前から知ってたよみたいな空気を醸す大人は信用したらあかん、躊躇なく「いつでも味方になる」なんていう大人はあかん。理由はわからないけど、暗くて過去を語らず人を避ける人より、不自然に親しげなのがいちばん怖いっていう感覚が私にあって、私なら絶対近づかないよ、と思っていた。
でもそれは、34歳の私だから思うことで、16・7で、親や世界に思うところがあって、でも自分を上手く説明する言葉のない頃ならば、興味を惹かれたかもしれないと思った。そして田中みたいな人は、取り入りやすい人を見抜くのがうまいから、純粋で幼い2人を選んだんだと思う。
田中の怖い感じが、客の荷物ぶん投げからの民宿の厨房ぶっ壊しで露見し、言わんこっちゃないと思ったのに、まだ信じたいとすがってしまうたつやくんが悲しかった。
いずみちゃんがレイプされる原因を作ってしまったこと、現場で何もできずに震えるしかなかったこと、その罪の意識を、一緒に背負うよみたいに言ってくれた田中。嬉しかったんだろうな。だからあんなに民宿でむちゃくちゃ暴れた後でも、信じたい気持ちが残ってしまったんだろうな。そう思って胸が張り裂けそうになった。
田中がいずみちゃんの事件を見ていて助けなかったこと、あろう事かあざ笑っていたことが、許せなくて震えるたつやくんに、そこではさみ握って田中をさしたらあかんよ、田中の側に行ってしまうよ、きみはどんなに辛くてもそっちに行ってはダメだよと、語りかけたけれど、届くわけもなく。
結局たつやくんは田中を刺してしまった。
山神=田中だったことが、その後わかるんだけど、もうそんなんはどっちでもよくて。いずみちゃんとたつやくんが悲しくて、なんでこんな結末に!と憤慨した。
そしていずみちゃん。前途しかない若く美しい時代を、許せない暴力で粉々に打ち砕かれてしまったいずみちゃん。ひとつの救いもなく、たつやくんをも失い、怒りを絶叫にのせるしかない、いずみちゃん。
どうにか助けられなかったのか、どうしたらこんなことにならずに…見終わってからもずっと心に居座り、もやもやし続けるしかなかった。
モヤモヤに中で、私が出来ることを考えていて、それが言葉になってどうにか落ち着く事ができた。
もし、私が性暴力を目撃したら、相手が何人でも、つよそうで殺されそうでも、向かっていって犯人を写真に撮って、荷物なんかで殴って、血とか皮膚とか髪を証拠に押さえて、大声で叫ぶんだ。そして警察に電話するんだ。殴られても負けない。血が出ても怯まない。混乱する被害者を抱きしめて、あなたは悪くないよ、あなたの尊厳を回復するために、辛いけど警察に言おう、って説得しよう。そしてその戦いを絶対助け続けよう。被害者に自分もなるかもしれないから。私は彼女でもあるから。手よ、震えずにシャッターを切れ。声よ、震えずに飛べ。
そう頭で唱えて、なんとか落ち着き、眠る事ができた。
このように、私はいずみちゃんとたつやくんに、異常に肩入れをして、「怒り」を見終えた。
が、どう評価するものか、非常に迷った。
もちろん大作で力作で、見る価値のある作品である。
しかし、ミステリーという娯楽的様式に、疑問を感じてしまった。謎解きの面白さなんてなくても語れるじゃないかと。人を信じることの難しさ・脆さと、それを希求してやまない人間の悲しみを描いたのはわかった。ちゃんと味わえた。ただそれを最大公約数的味付けでなく、味わいたかった。
ミステリーにつくづく向いていない観客だ。
蛇足:ピエール瀧が弁当食ってる三浦貴大の前で、靴下を脱ぎ、それに憤慨して食事をやめるシーンが面白かった。