ディオールと私 : 映画評論・批評
2015年3月3日更新
2015年3月14日よりBunkamuraル・シネマほかにてロードショー
老舗ブランドに独自のセンスを持ち込んだデザイナーの冒険
今、ハリウッドで最も勢いがあるファッション・ブランドと言えば、クリスチャン・ディオール。シャーリーズ・セロン、ナタリー・ポートマン、マリオン・コティヤール、ジェニファー・ローレンスと、歴代のオスカー女優たちを次々とミューズに迎えてイメージアップに勤しむ同ブランドを率いるのが、クリエイティブ・ディレクターのラフ・シモンズだ。
先日のオスカーナイトでマリオン・コティヤールが着ていた、裾の後ろを短いリボンで留めた軽やかなイブニングは、2014年の春夏オートクチュール・コレクションからの一点だが、そこにラフ・シモンズの哲学が集約されている。彼はオートクチュール独特の刺繍やビーズを重ね合わせた豪華なクラフトワークよりも、シンプルでスポーティブな感覚を老舗ブランドに導入したというわけだ。しかし当然、そこには底知れぬ緊張感とプレッシャーがあったことが、話題のドキュメントである本作を見ればよく分かる。
パリ、モンテーニュ通りのアトリエに初めて立ち入りを許されたカメラがとらえるのは、シモンズが伝統に自分流を投入して行く危険で勇敢なプロセスだ。彼は創始者クリスチャン・ディオールが半世紀以上前に発表した"ニュールック"のバルーンシルエットを踏襲する一方で、抽象画家、スターリング・ルビーの絵画を生地で再現するという無理難題をファブリック・コーディネーターに指示。すると、どうだろう!? その道40年以上のお針子さんや各部門のスタッフが、拒絶するどころかむしろ創作意欲を掻き立てられ、わずか8週間後に迫るシモンズのデビュー・コレクション目指して献身の限りを尽くそうとするのだ。
アトリエでは多くのフランス人に混じって、アフリカ系やアジア系のスタッフが各々重要な仕事を任されている。そして、そんな多民族集団の中心にいるラフ・シモンズ自身も、ベルギーのアントワープからミラノのジル・サンダーを経由してパリにやって来た外国人だ。ショーのクライマックス、ゲストたちの拍手喝采に迎えられるシモンズと、舞台裏で歓喜に沸くアトリエスタッフが、その瞬間感動を共有し合えるのは、ファッション界には差別は勿論、才能以外に何者も立ち入れないことの証。恐らく作者が意図しなかったであろう、今の時代の切実なメッセージが、歓声に混じって聞こえてくる。
(清藤秀人)