「国籍も立場も人種も越えた善良さを信じる」杉原千畝 スギハラチウネ 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
国籍も立場も人種も越えた善良さを信じる
WWⅡ時、ナチス・ドイツに迫害されるユダヤ人に多くのヴィザを発給し
その命を救ったというリトアニア領事代理・杉原千畝氏。
本作はその“命のヴィザ”発給の逸話を描く感動モノ……
かと思いきや、もっとスケールの大きな話だった点にまずビックリ。
なんでもこの杉原千畝氏、表向きこそ領事代理だったが、
裏では対ソ連専門のスパイに近い活動も行っていたそうな。
映画は、満州鉄道の買取を巡る諜報活動に始まり、
彼が領事としてリトアニアへ向かう事となった経緯、
日本の戦況を大きく左右した独ソの政治的駆け引き、
そして件のヴィザ発給を経て、杉原がルーマニアの地で
戦争終結の報せを受けるまで(+α)を描く。
ううむ、なかなかに波瀾万丈な半生。当時の欧州情勢
から日本が米国との戦争に突入した遠因に至るまで、
歴史ドラマとして興味深い点はかなり多かった。
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監督のチェリン・グラッグは生まれも育ちも日本生まれの米国人さん。
これまでハリウッド大作の助監督を何本もこなした方というだけあり、
日本人と外国人のキャストの演技に温度差が無く、
外国人キャストの演技でもしっかりと感情が伝わる。
(当たり前だと言わないでほしい。この辺りがひどい作品も多いのだ。)
軽やかな言動の中に祖国への想いと杉原への友情が滲むペシュは忘れ難いし、
ユダヤの人々に冷たい視線を送るグッジェの変容にはじいんときた。
流浪の民であるユダヤの人々を描いた部分も印象に残る。
その迫害描写自体は様々な映画でも描かれてきたものだが、
政治情勢によってどの国からもタライ回しにされる様はより詳細だ。
寒空の下で黙々と耐える姿から、安住の地を
幾度も奪われた人々の長い苦難が伝わる。
劇中、日本へ向かう船上で歌われる唄は、現在の
イスラエル国歌である『ハティクヴァ』のようだ
(ヘブライ語で『希望』の意味)。
「2000年の希望は、シオンの地、エルサレムの地で自由の民として生きること――」
彼らの深い哀しみと微かな希望を感じ、目頭が熱くなった。
日本人キャストも勿論良い。
ベルリン領事を演じた小日向文世がまたしても好演。
己の想いを圧し殺す、厳しく硬い表情が良い。
そして、ウラジオストクの旅行会社社員・大迫辰雄
(濱田岳)と、ウラジオストク総領事代理・根井(二階堂智)、
本作を観るまで名も知らなかった2人だが、彼らもまた
隠れたヒーロー。まさしく“善意のリレー”である。
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だが、
サブキャラクターの描写に時間を割いた分、主人公である
杉原やその家族の心情についてが薄味になった感も。
杉原がユダヤの人々を救いたいという想いに至った
流れはきちんと描かれているが、やや弱い。
彼の行動を支えた幸子夫人についても、ヴィザ発給を
後押しする場面以降は良いが、そこまでの存在感が希薄だ。
それと、
事実を脚色している部分があるのはある程度しようがないが、
脚色が過ぎると感じてしまう部分もチラホラ。
『ロシアより愛をこめて』チックな序盤のシーンやカーチェイスなど、
本作に派手なシーンは不要……というか映画の重厚感をむしろ
削いでいるように思うのだが、まあそこはエンタメ寄りに
した方が見易いという判断なのだろうとある程度呑み込む。
しかしだ、
あのロシア人協力者イリーナはなんとかならなかったか?
杉原は満州時代にクラウディアなるロシア人女性と
結婚・離婚していたそうだが、それと設定の近い人物が
リトアニアを訪ねるのは流石にフィクションだろう。
イリーナが登場するだけでも実話が基であることの重みが弱まるのに、
あろうことか彼女は要所要所で登場し、杉原の心境にまで影響を与える。
ラスト直前もそうだ。心痛の杉原を慰め、
これまで出逢った人々の現在を映す重要なシーンを、
架空の人物の手紙に託すというのはどうなのか?
例えば、『シンドラーのリスト』の赤い服の少女が
シンドラーを説得したり幽霊となって感謝を伝えたりしたら?
彼女はそれくらいに無粋なキャラクターだと僕は感じた。
正直、イリーナに関する描写に時間を割くよりも、杉原がヴィザ発給を
思い立つまでの心情を子細に描く事に注力してほしかった。
(なお、パンフによるとペシュやグッジェに関しては実在の人物
またはその集約だそうな。28年後に彼を探し当てたニシェリも実在。)
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と、色々不満はあるけれど、良い映画。
重そうなテーマや上映時間の割にはさらりと観られるし、
最初述べた通り歴史ドラマとして興味深い点は多い。
それに、鑑賞後に少し優しい気持ちにもなれると思う。
政治も、国も、人種も関係無い。
ただ、苦しむ人々を憐れに思う。救いたいと思う。
杉原千畝とその周囲の人々を通して伝わるのは、
どの国やどの立場の人にも備わっているはずのそんな善良さだ。
どの人にも備わっているはずの悪意によって600万人もの
ユダヤ人が死んだという恐るべき数字の前では、あるいは
杉原達が救った2149人という数字はちっぽけなものなのかもしれない。
だけど、人間に完全に絶望せず、『人の心には
きっと善良な部分があるはずだ』と信じる上では、
この数字には十分過ぎるほどの意味がある。
<2015.12.12鑑賞>