博士と彼女のセオリー : 映画評論・批評
2015年3月3日更新
2015年3月13日よりTOHOシネマズシャンテほかにてロードショー
難病に冒された物理学者と妻の率直な「時間小史」ドラマ
スティーブン・ホーキング博士(エディ・レッドメイン)は、「Brief History of Time(時間小史)」(「ホーキング、宇宙を語る」の原題)という著作で名声を得た理論物理学者。彼と前妻のジェーン(フェリシティ・ジョーンズ)を主人公にしたこの映画は、2人が約25年の結婚生活の中で繰り広げる「それぞれの時間との闘い」をみつめている。いわば2人の「時間小史」だ。
大学院時代にALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症したスティーブンは、肉体の自由を徐々に奪う「時間の進行」との闘いを強いられる。一方のジェーンは、夫の介護と子育てに追われる生活の中で「時間のやりくり」に苦労を強いられる。スティーブンが願っても時間は止められないし、ジェーンが望んでも時間は増やせない。この問題を解決するために、ホーキング夫妻が選ぶ方法が独創的だ。男性をもうひとり家庭に迎え入れるのだ。彼ジョナサン(チャーリー・コックス)はスティーブンの介護に手を貸してジェーンの負担を和らげると同時に、彼女の精神的な支えになる。夫婦2人では安定させられなくなった宇宙を3人で安定させる。そんな方程式を「仕方のない現実」として受け入れざるをえないスティーブンの口惜しさと覚悟を、少ない表情筋の動きで表現するレッドメインの演技がすごい。アカデミー賞はもらって当然だ。
この三角関係のエピソードからもわかるように、映画が扱っているのは「ビューティフル・マインド」や「英国王のスピーチ」のような夫婦愛の美談ではない。描かれているのは、驚くべき結婚生活を送ったスティーブンとジェーンの率直な胸の内だ。彼らは何を思い、何を楽しみ、何に悩んだか? 歳月は2人をどう変えていくか? 3人で安定していた宇宙に4人目が加わるとどうなるのか? そんな人生の計り知れない部分を、「計り知れないからこそ面白い」と思わせるように、ジェームズ・マーシュ監督はポジティブに描いた。不思議と爽快感が広がる作品だ。
(矢崎由紀子)