劇場公開日 2016年1月16日

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「人生はいつでも成長期」の・ようなもの のようなもの つとみさんの映画レビュー(感想・評価)

3.0人生はいつでも成長期

2023年11月12日
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鑑賞方法:DVD/BD

続編とは露知らず、軽い気持ちで手にとって観たがなかなかに味わい深い作品だった。
前作「の・ようなもの」を観ていなくても置いてけぼりをくらうことなくちゃんと話についていける。
確かに前作を観ていればもっと楽しめる部分もあるのだろう。「道中づけ」とかね。

落語に詳しくなくても全然大丈夫だが、知っていたら楽しめる部分は広がるんだろうな、とは思う。「落語映画 のようなもの」だ。

主人公・志ん田は落語家の道を志すものの「国語の教科書を読んでいるか」のようなもので、ヒロイン・夕美もお嬢様とは言い難い「マドンナ」のようなもの。
所在のわからない志ん魚に至っては高座を聞いたこともなければ一緒に稽古したこともない「先輩」のようなものである。

誰も彼もが不器用で、中途半端で、迷いに迷った「のようなもの」。
何も大それた話なんかじゃない。「志ん魚ちゃんの落語が聞きたいわ」というささやか過ぎる望みでさえ、大層に受け止めてしまう。それくらい迷える人生で、愛さずにはいられない哀愁と魅力に満ちている。

小市民的な悲喜こもごもは落語に通じるところもあり、大山鳴動して鼠一匹という故事がピッタリくる話の流れもまた落語そのもの。
「色々あったけど、まぁ良かった、良かった!」という締めも落語という大衆娯楽の持ち味だ。

すごく落語とオーバーラップする仕上げに一役買っているのは、師匠・志ん米を演じている尾藤イサオさんの喋りが、まんま落語に出てくる「ご隠居」みたいだからかもしれない。

大笑いするようなコメディではないが、「ホントにお前さんはしょうがないねえ」と忍び笑いがもれてしまう。「和」の心にあふれる魅力的な映画だ。

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つとみ