劇場公開日 2014年11月22日

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欲動 : インタビュー

2014年11月18日更新
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杉野希妃、自らを解放し生死・性愛を撮りあげた「欲動」と映画愛を語る

映画を支えるプロデューサー、スクリーンを彩る女優とさまざまな顔を持つ杉野希妃。アジア合作など世界を見据えた作品に意欲的に挑んできた杉野が、長編監督デビュー作「マンガ肉と僕」に続きメガホンをとった「欲動」は、神秘の地バリで生と死の狭間で揺れる人間の心の機微をやわらかく浮かび上がらせる。映画人としてまい進する杉野に、今の思いを聞いた。(取材・文/編集部、写真/山川哲矢)

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本作は、杉野に第19回釜山国際映画祭「Asia star award 2014」最優秀新人監督賞をもたらした。釜山映画祭は、9年前にデビュー作「まぶしい一日」が初上映された思い出の場所。再び釜山の熱気を肌で感じ「(映画祭で)1番興味を持たれている日本映画だと映画祭のスタッフの方に聞き、本当にたくさんの方に見ていただいてありがたかったです。『女性だからこういうものができたのかな』と言ってくださる方が思った以上に多く、うれしかった」と振り返る。

京都で撮影した「マンガ肉と僕」から一転、「欲動」はインドネシア・バリ島でオールロケを敢行し、現地スタッフとともにつくり上げた。「日本では、計画通りに進めるシステムや慣習のようなものがいまだに強く残っています。そういうつくり方もあるべきだと思いますが、インドネシアのスタッフさんと撮ることで『こんなに自由な撮り方があったんだ』と思わせられたんです。その瞬間ならではのものが生まれる環境があるんですよね」と大きな刺激となった。

現場では、撮影予定にかかわらず、その時々に撮ることができる絵を重視。「『今しか撮れないものがあるじゃないか。予定にはないけれどこのシーンをやろう』とカメラマンが言ってくれたりして。今回の現場では、良いものを撮るためには手段を選ばないという感じがあり、エキサイティングでした。身も心も解放しようとしないと、この映画は撮れないという共通認識がみんなの中にあったんだと思います」

6年前の企画始動時から、杉野はまだ見ぬバリ島に魅了されていたという。「『この異様な世界観はなんだろう』と心が揺さぶられる感覚と、いつか行きたいというあこがれがずっとあったんです。同時に、私は役者としても一人の映画人としても、表現したいようにできない、自分の中でぶち当たる壁があって。それを解放してくれるものに出合いたいという願望があったんです」と振り返り、「バリには壁を取っ払ってくれる何かがあるのかもしれないと思い、バリで解放される物語を撮ってみたいと思ったことがきっかけでした」と語った。

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バリでの撮影は「自分の中の固定観念が少し溶かされた気がします。世界観も少し広くなったかな」と新たな発見につながったが、「だからといって、自分が表現者として突き抜けられたかというと、まだまだだなと強く思います」と真摯な姿勢は崩さない。

「この世界って役者、プロデューサー、監督はこうあるべきだという暗黙のルールがあると思うんです。そういうものが息苦しくて、役者が映画をつくってもいいと思うし、私はいろいろなことに挑戦したい。そんな世界で固定観念を取っ払いたいという気持ちを持っていると『女とは、男とはなんなのか』と考える機会が多いんです。女性の映画人が負けないように男性と張り合おうとしてしまうと、もったいないと思います。だからといって、ありのままの自分ってなんだろうと考えた時に、やっぱり他者を気にしている自分もいて、本当の自分がわからなくなっていく。『欲動』では、自分自身の本能や本性と向き合う瞬間が描かれていると思います」

杉野が参加した作品には、「おだやかな日常」など「生」というテーマが息づいている。本作は、不治の病によって不安定になっていく夫・千紘と妻ユリを軸に、「生」という主題に男女の「」が絡み、より濃密な物語となっている。当初、表現に悩む女性歌手がバリで自分を見出すというストーリーで、自ら主演も務める予定だったという。しかし、6年の間に杉野の中で描きたいテーマに変化が生まれた。そんな中女優・三津谷葉子と出会い、「一心同体で、生と死の狭間で揺れ動く女性像をリアルに表現してくれそう」と直感。撮影の1年前から企画開発・物語の構築までともに進めることで、本作にたどり着いた。

「彼女の作品を見て、『いい女優さんだけどまだまだ秘めたものがある』という感じがしたので、彼女の激しさや包容力を役に反映させたらどうなるんだろうと興味深かった。何度も打ち合わせを重ねる中で、死やこの仕事に対する思いを聞きながら、彼女じゃないとユリは演じられないだろうし、彼女と組むことでいいものになるだろうと確信めいたものがありました。撮影前から一緒にできたことも監督としてありがたかったし、幸せでした。すごく思い入れがあります」

そんなユリに対して、渦巻く不安や苛立ちをぶつける千紘を演じたのは、独特の存在感を放つ斎藤工だ。オファー前から「あて書きしていた」というキャラクターに挑み、これまでとは違った繊細さを見せている。

「斎藤さんはフレンドリーで優しくて人間的に素晴らしい方なんですが、同時にミステリアスな部分があるんです。『この先の斎藤工は一体何を考えているんだろう』というわからない部分が、人間としても役者としても魅力的だと思うんですよね。男性的なイメージが強いけれど、病弱な役をしたら斎藤工はどうなるんだろうという興味もあり、オファーをしました」

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千紘とユリは、千紘の妹・九美の出産をきっかけに、バリ島を訪れる。「役者としていろいろな役をやってみたい」という杉野は、監督、プロデューサーに加え、「ふたりがバリにやってくる理由が必要だったということと、究極状態でのユリの心の揺れを描きたかったので、生を宿した人間がいることでドラマとしてより面白くなるんじゃないかと考えた」と、大病を患う兄と新しい命の間の位置する九美も演じきった。

「英題『Taksu』はバリオリジナルの言葉で、何かを表現するときの精神的な境地という意味があるのですが、その意味のままの映画だと思います。ユリが死と生に向き合いながら、何をつかむのかということを淡々と描いている作品ではありますが、女性の本能、静かな狂気みたいなものを感じてもらえたらいいなと思います」

女優、プロデューサー、監督と活躍の場を広げる杉野にとって、映画は「すごく愛していて、すごく憎たらしい存在。1番身近にあるけど、手が届かない」もの。「いつ映画に見放されるんだろうという恐怖心、不安感が常にあります。もちろん、監督作や主演作が公開されるのはうれしいですが、同時に怖い。でも、その不安感を楽しんでいる自分もいるという複雑な感じなんです(笑)」と真しに向き合うからこそ、愛と恐怖が杉野をとらえる。

「あまりに好きだからこそ、(恐怖は)一生消えない気がするんです。自分に才能があるかどうかもわからないし、人に必要とされないとできない仕事だし、いつ自分が尊敬する人たちのようにすごいと思える作品をつくれるのかもわからない。不安感は常にあります。いつその領域に到達できるんだろうって」。それでも「でも1番好きなことなので、一生しがみついて生きていきたいと思います」と強い意志をのぞかせた。

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