「分かりやすくするためにいろいろ頑張った結果」岸辺の旅 山田次郎さんの映画レビュー(感想・評価)
分かりやすくするためにいろいろ頑張った結果
主題としてはごくありきたりだと思います。
死者との境界線を少しずらすことで、日常の表皮の下に隠された情念に切り込む。
我々日本人にはもうおなじみの、見慣れた手法でしょう。
問題はこれをフランス人に見せなきゃいけなかったこと。
エンドロールに書いてありましたが、この映画はフランス政府から補助金を貰っています。当初からフランス側で公開されることを前提に製作されねばならなかったのです。
日本人であれば、死者の世界とのつながり方については、幾重にも共有された前提があり、自由自在にあの世とこの世を往還してもすぐにそれと分からせる手法がいくらでもあります。
でもそれを知らないフランス人にストーリーの展開を分かりやすくするためには、子供にもわかるような「お約束」をいくつも使わねばなりませんでした。
・死者の世界と繋がる時に照明を落とす
・主題が提示されるシーンでオーケストラの音量を上げる
・主人公夫妻が死者の/への思いを救済して回るエピソードの一つ一つに非常に図式化された役割を割り振り、主人公の夫の消滅を予め説明しておく
これが正直、かなりうっとおしい。映画全体が安っぽくなってしまいました。
ただ、主人公夫妻の演技と映像美は素晴らしく、こうした難点を補って余りあると思います。
かなりトウが立ってきた深津の顔をお化粧でのっぺらさせるのではなく、反対に「シミだらけか?」と思わせるほど陰影を濃くして、生者の生々しさを表現しようとしています。
愛人との対決シーンが誰にでも評判がいいのは、深津に対峙する蒼井の顔も同じようにメークされていたからでしょう。
一つの思いだけでこの世に留まっている死者の純粋さ・単純さに比べて、生者はなんと込み入った雑念に満ちていることか。それが生きるということだ、というメッセージなんでしょうね。