劇場公開日 2015年10月1日

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岸辺の旅 : 映画評論・批評

2015年9月29日更新

2015年10月1日よりテアトル新宿ほかにてロードショー

死者と共にあること、“私”性をかつてなく呑み込んだ黒沢映画の新しさ

夢ではない、幻でもない。まざまざとした感触で彼岸と此岸の境界を踏み越えてくる死者。それは黒沢清の映画の中でいっそ見慣れた光景として存在してきた。新作「岸辺の旅」は同様にあっけなく在る死者を差し出しながら、逞しく拓かれた新生面でどきどきさせてくれる。

日常と地続きの感触を伴ってこの世を再訪する死者、優介は「俺、死んだよ」などと涼しい顔でいう。かたや妻、瑞希の方もノンシャランと死者の出現を受容する。そんなすべり出しの場面に不協和音にも似たひっかかりをもたらすのがキッチンに黒々と立ちはだかる柱だ。夫と妻の生と死の境を超えた再会の場にそれを食い込ませて、見えない違和感、わだかまりを示しつつ、映画は再びあっけなく夫と妻、死者と生者の旅を導き出す。

道中には死と対峙する生がいくつもある。世界は死者に満ちていて、そのことが悲しみや悔恨や罪の意識をも押し流す親密な感情を映画にもたらしていく。死者と共にあること、生きることが日々を支える明澄な覚悟へと収斂されていく。そうやって死を朗らかに平らかな日々の景色とし得たことは今年、還暦を迎えた監督の年齢とも無縁ではないかもしれない。だとしたら“私”性をかつてなく呑み込んだ黒沢映画の新しさをそこに確認してもいいだろう。愛の主題を迷いなく謳いあげる壮麗な音楽、シネスコ・サイズに切り取られるヒロインの顔の有無をいわせぬアップ――確信犯的にメロドラマの作法を取り込んでいる点も新たな試みとして見逃せない。

表裏一体の生と死の道行を通じて映画は信頼という未踏の領域へと至る夫婦の愛の旅を完遂する。さらさらと流れる小川の陽だまりに立ちのぼる透明な寂寥の感覚にも似た懐かしさを探り当てる。記憶は思い出す人の今にこそあるといいたげに原作と異なる現在進行形の物語りを貫く映画は、前へ前へと進む人の涙ぐましさを差し出してもう一度、監督の真新しい世界を思わせる。

川口敦子

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