「夫婦の旅」岸辺の旅 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
夫婦の旅
妻・瑞希が料理をしていてふと後ろを振り向くと、突然夫・優介の姿が。
夫が仕事から帰った一見何気ない光景だが、二人の会話によると、夫は3年前に失踪し、幽霊となって帰ってきたという。
この冒頭数分の奇妙な設定に引き込まれてしまう。
そして夫は妻をある旅に誘う…。
その旅は、夫が失踪していた3年間、何処で何をしていたかを訪ねていくもの。
妻は夫の知らなかった一面を知る…。
個人的な話になるが、もう10年も前に死んだ父の事を何故か思い出した。
家ではどしっと座って無口な父だったけど、外では交友関係が広く、社交的だったとか。
近くに居た人の知らない姿というのは、新鮮であり何処か不思議。
夫婦が旅で出会う夫が生前お世話になった人々。
優介と同じような人も居れば、瑞希と同じ人も。
共通しているのは、死者であっても生者であっても、何か心残りがある。
ここで優介もまたそうなのだと気付く。
優介が瑞希の元に帰ってきたのには、何か訳が…。
3年も夫の帰りを待ち続けた瑞希。
夫との再びの時に安らぎを感じるが、ある日瑞希は、夫が生前お世話になった死者が突然消えるのを目の当たりにする。
夫との時も限りが…。
夫への深い愛情を抑えた演技で体現、凛とした美しさと儚げな愛らしさで深津絵里が魅了。
幽霊となって帰ってきた奇抜な役柄は、個性派・浅野忠信の真骨頂。
生前浮気していた夫。
その浮気相手・蒼井優の出番は僅かながら、対面シーンは静かな火花散る。
淡々とした展開・語り口の中に、ちょいちょいのオフビートなユーモア。
そもそも幽霊となって帰ってきた夫もそうだし、普通に他人と話し、食事する。
「消防のワタナベさん?」の坊さんや、優介が田舎の人たちに宇宙学を講義するシュールさ。
設定はファンタジーで、十八番のホラー的なシーンもありつつ、夫婦の愛と心の機微を静かに繊細に浮かび上がらせる。
カンヌ国際映画祭“ある視点”部門監督賞受賞も納得の、現代の“世界のクロサワ”黒沢清監督が紡ぐ上質の人間ドラマ。