「幽霊さえ消えてしまったら空虚しか残らない」岸辺の旅 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
幽霊さえ消えてしまったら空虚しか残らない
鑑賞直後は印象イマイチだったのだが、レビューを書くに当たって
色々と考える内に、段々と好きになってきた作品。
……とはいえ、最初に不満点から書いてしまおうと思う。
監督の前作『リアル 完全なる首長竜の日』でも感じたが、ラブストーリー的要素が入ったり、
露骨な感情表現が入ったりする場面では、途端に陳腐な印象を受けた。
終盤の授業からラブシーンまでの流れとか、最後に出逢う幽霊の最後とか、
示唆的なシーンの多い本作において、これらの場面はカメラワークや台詞が直接的過ぎる気がする。
あとね、あの物理学の授業が、老若男女を惹き付けるほどの面白い内容には聴こえない(苦笑)。
いや単なるイチャモンではなくて、最初の授業シーンはシュールな笑いが感じられて良いけど、
2度目は妻への想いを語る肝心なシーンなので、そこでの説得力が欠けるのは痛い。
この作品、中盤までは凄く好きなのだが、特に終盤になってから上記
のようなシーンが頻出するので、鑑賞後の印象がイマイチだったのかも。
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不満点は以上。ここからは気に入ってる点を。
まずこの映画、幽霊と生者との距離がやけに近い点がユニーク。
主人公の優介は幽霊なのに、フツーに飲み食いするし他人と話す事だって出来る。
妻(瑞希)も妻で、夫から溺死したと聞かされても、あまり悲しんだ様子もなく
「水でっていう気はしてた」なんて素っ頓狂なことを言ったりする。
なんだ、この随所で感じるオフビートなユーモアは(笑)
と思いきや、つうっと背筋が冷たくなるような不気味さもある。
食事の話題だけが聴こえない老人、優介を見つめる子ども、画面外を見つめたまま動かない未亡人……。
その人物が何を考えているのか分からない、得体の知れない怖さを感じるシーンがある。
奇妙なユーモア、微かな不気味さ、夢のように断続的な語り口、
これらが入り雑じって、本作の何とも言えない“味”になっている。
そして、心を動かされるような哀しく優しいシーンも数多い。
ここからはこの奇妙な物語について自分なりに推察してみる。
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誰が言ったかは知らないが、こんな言葉を時折耳にする。
「人間は2度死ぬ。一度目は肉体が滅んだ時、二度目は人から忘れられた時だ」
幽霊らしさの薄い幽霊と旅する瑞希を見ながらふと思ったのは、
上の言葉にもうひとつ死のタイミングを加えるなら、
それは『人から思い出された時』かもしれない、ということ。
「死んだ」と聞かされただけでは大抵、「死んだ」という認識までには至らないものだ。
もしも親しい人が死んだと聞いても、しばらくはその辺に「いる」気がする。
「あの人はちょっと出掛けているだけで、またひょっこり戻ってくるんじゃないか」
なんてことを、ぼんやりと考えている。
だけど、親しい人を亡くして初めて気付く事ってけっこう多い。
あの人はこんな人たちと交友があったのか、
あの人はこんな意外な一面もあったのか、
あの人はこんな想いを抱えて生きていたのか、
あの人はこんな風に自分を想ってくれていたのか、
あの人は自分にとって、こんなに大切な人だったのか。
そこに思い至ってようやく、
「あの人はもうこの世から消えて失くなってしまった」
という事実の重さに愕然とし、打ちのめされる。
人が本当の意味で死ぬのはそんな瞬間だと思う。
心の中でその人が占めていたはずの部分が、
風がごうと吹き抜けるような大きな大きな空洞に
なってしまったのに気付いた瞬間だと思う。
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この映画の幽霊は、
幽霊と接する人の、「あの人はまだその辺りにいる気がする」という想い、
もしくはその人の死を受け入れることを拒絶している心の表れなのかもしれない。
また幽霊にとっては、「死んだ後も忘れないでほしい」という願いなのかもしれない。
新聞屋の老人が微笑み交じりに語った言葉を思い出す。
「僕はきっと、何のつながりもなくなるのが怖かったんです」
物語に登場する幽霊たち。
切り抜きの花を集め続けた老人は、主人公たちと心の繋がりを感じた夜に消えた。
ただの見ず知らずの老人ではなく、喪失を覚えるに足るだけの親しみを与えて消えた。
ピアノを弾けずに死んだ少女は、好きなピアノを好きなだけ弾いて消えた。
少女の姉が長年心に秘めていた後悔が晴れることで消えた。
ぼろぼろになるまで妻を連れ回した男は、「死にたくなかっただけ」と呟いて消えた。
彼は、妻が自分の死を認めてしまうことが怖かったのか?
それとも妻の方が、彼の死を認めるのを恐れていたのか?
そして、岸辺で消えた優介。
優介が消えたのは、そして瑞希が涙を流すのはきっと、
彼女が愛する人の消失をようやく受け入れたからだ。
幽霊さえ消えてしまったらそこには空虚しか残らない。
だけど、その空虚を埋めたいと願うことで初めて、人は再び前に進めるようになるのだろうか。
少なくとも優介の幽霊は、自身の死を足枷にしたまま瑞希に生きてほしくなかったのだと思う。
<2015.10.03鑑賞>.
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余談:
蒼井優、幽霊より怖い(笑)。