365日のシンプルライフ : 映画評論・批評
2014年8月6日更新
2014年8月16日よりオーディトリウム渋谷ほかにてロードショー
北欧青年の感傷的な“必要最小限”が導く、自分探しと成長の記録
フィンランドの青年、ペトリ・ルーッカイネンが、自分の持ち物を全部倉庫に預けて、そこから必要な物をひとつずつアパートに持ってくるという実験を始めるようになったそもそものきっかけは、失恋だった。彼女と別れた反動で、カードを使って買い物をしまくったのである。しかし、物に囲まれていても、心は満たされない。自分に本当に必要な物は何か。人生における優先事項は何なのか?
彼はそれを探るために、一度自分を取り巻く全ての物を取り去って、人生をリセットすることにしたのだ。自分の生活を整理して、人生を一からやり直す。それは、毎日の生活で、物理的にも精神的にも澱のように余計なものが溜まっていると感じる人々の誰もが一度は夢見ることだろう。手元にはたくさんの物があるのに、自分は何も持っていないような気がする。では、一度物を全部排除して、必要なものだけを選んで整理したら、精神もすっきりして、本当の自分が見いだせるだろうか?
ルーッカイネンは、一年を通したこの生活の実験で、ただ「物を持ちすぎない」エコロジー的な生活を志すだけではなく、必要最小限の物から見えてくるはずの自分を見つけようとしている。そこがいい。ただ啓蒙的にメッセージを伝えるのではなく、とても個人的な物語として語られているから、奇抜ともいえる試みに親近感が沸くのだ。
ルーッカイネンは最初の10品をアパートに運び入れた後、すでに物に対する疲れが出てきて、これ以上の物はもういらないのではないかとヤケになる。気になる女の子が出てきたら、倉庫から運び出す物の内容も変わってくる。自分に必要な物ばかりを考えたこの実験のせいで、彼女に何もあげられない無力な自分にも悩む。
一年を終えて、彼が辿(たど)り着いた場所は最初に考えていた理想の生活とはまた違うかもしれない。最後に彼が手にする物は、必要性ではなく、センチメンタル・バリューに基づくものだ。この作品は北欧らしいミニマリズムの美学を感じるスタイリッシュなドキュメンタリーであるのと同時に、1人の青年の感傷に彩られた成長記録でもある訳だ。
(山崎まどか)