「現代に向けた寓話」白鯨との闘い SP_Hitoshiさんの映画レビュー(感想・評価)
現代に向けた寓話
この映画は明らかに現代に向けた寓意が込められている。
それを読み解くには、「近代、鯨油を求めての鯨の乱獲によって、鯨が絶滅危惧種になった」ことと、この映画の原題が「In the Heart of the Sea」であることを知っていなければならない。
■映像、世界観
鯨油乱獲時代の様子が生々しく描かれていて、とても興味深かった。鯨の頭に入って油をとる様子とか、死と隣り合わせの航海とか。
■人間ドラマ
主人公と船長の衝突は、どちらの立場にも感情移入できる、とても現代的なものだと思った。
主人公からすれば、無能なリーダーはチーム全体の命を危険にさらす、腹立たしい存在だが、顔を立てなければならない。
船長からすれば、無理なミッションでも上司の命令には逆らえず、また自分かリーダーであることを無茶な方法で誇示しなければならない。
結果的に当然チームは団結できず、悲劇に突き進むことになる。
船長は悪役というよりかはむしろ被害者であり、本当に改善しなければならないのは、個人主義的な利権を守るために不合理な経営判断をする役員クラスの人間だ。
■寓意
主人公が、葛藤の後、最後に白鯨を攻撃しなかったことが、全てを物語っている。
この映画の世界観では、鯨を怪物、悪魔、克服すべきものとして登場させているが、ここで初めて、主人公だけが違う視点を発見している。
白鯨の全身に刻まれた痛々しい傷は、人間によって絶滅しかかっている鯨の象徴だ。
人間が鯨を復讐の対象と見るように、鯨もまた、人間を復讐の対象と見ている、という相対的な考え方が可能だということに主人公は気づいた。限界の漂流、自然の乏しい無人島での生活によって、自然が無ければ人間はわずかの間も生きることができない、ということに気づいたのかもしれない。
この映画の原題から、鯨は海(自然)の心(心臓)、とみなせると思う。短期的な利益のために自然を搾取し続けた結果、「自然から大きな報復を受け」、「人間が人間を食べる羽目になった」。人肉を食べるとき、心臓から食べたのには意味が込められているだろう。自然からの報復の前に、人間は自ら自滅する、ということか。
■ラストの意味
最後、石油の発見のトピックで終わったのには2つの意味がある。
1つは、石油の普及により、鯨油の時代は終わるということ。
もう1つは、その石油の発掘においても、全く同じ過ちを繰り返す、ということ。
おそらく地球温暖化を指しているのだろう。
そのような寓話としてこの物語を見ると、鯨油業界のお偉いさんと船長とのやりとりにどんな意味があるのかも分かってくる(この話の中だけだと、主人公や船長がなぜそこまで真実の告発にこだわっているのか、わけがわからない)。
石油の使用(より一般的には環境破壊)によって温暖化している(人間に被害がもたらさらる)、などということは認めない。そして、この我々に富をもたらすシステム、我々の業界を守らなければならない、ということか。