「面白かった」グランド・ブダペスト・ホテル まゆうさんの映画レビュー(感想・評価)
面白かった
とにかく贅沢な作りで、場面の一つ一つが凝りに凝っています。美しく煌びやかで、アンティークな要素が詰まってて可愛い。おしゃれ。洗練されていてため息が出ます。すべて緻密に計算されたカットなのでしょう、色彩もとても素敵です。
最初は深刻な感じはほぼ無く、バカバカしい作り話という雰囲気で、こういうタイプの映画にありがちなグロやシュールをスパイスに、テンポよく進んで行きます。
コンシェルジュグスタヴは、富豪の老婦人の遺産相続に巻き込まれてしまいます。遺産の絵画を受け取れないばかりか、命まで狙われて、ドタバタ劇の末、巨万の富を受け継ぎ大円団に終わる…
ところがどっこい、最後は彼は軍に反発して銃殺されるのです。え??遺産トラブルの殺人事件じゃないの?と思うでしょ。違うんです。
まずは冒頭の列車のシーン。グスタヴの連れゼロ(ムスターファという名前なのでアラブ系と思われます)に市民権が無いことから、乗車を拒否されそうになりますが、この時は相手と面識があったこともあり、逆に「これは大変失礼した」と上品な口調で謝罪され、臨時通行証を発券してもらい事なきを得ます。しかし、物語の終盤で同じく列車のシーンが出てきた時は、グスタヴたちは軍の検閲を受け、臨時通行証は破り捨てられ、人間の誇りも尊厳も、野蛮な暴力によってあっけなく踏みにじられます。もはや人間らしい社交はそこには存在しません。ナチスが台頭してくる時代で、戦争の足音がもうすぐそこまで来ている…というシーンです。
ブダペストというのはハンガリーの首都で、中央ヨーロッパになりますが、社会主義国の影響が強いです。物語では架空の国のホテルという設定ですが、名前は意図されたものと考えるのが自然。ベルマンのゼロが、せっかく受け継いだホテルを国に没収され、自分で買い戻さなければならなかったのも納得。
昔はこんな時代だったみたいな話をする時、今の私たちから見れば「えーっ、ウッソ〜!笑」という少し滑稽にすら感じてしまうことがあると思うのですが、そういう非現実的な、おとぎ話みたいな感じを上手く利用して作品にしつつ、やっぱりグスタヴは時代に、戦争に殺されたと言いたかったのかなと感じました。
グスタヴは、ゼロが戦争で家族を無くしたことを知り、「君は難民だったのか」と心から自分の暴言を謝罪します。2人は盃を交わし義兄弟の契りを結びますが、またしても戦争を色濃く感じさせる最後の列車のシーンへと続くのです。威圧的な軍人に向かって「ゼロに指一本でも触れてみろ!私が許さない」と言い放つところは思わずウルッと。人を人とも思わない理不尽な物語の結末にはただ悲しくて悲しくて、もう、しんみり…
もし、私だったら。果たして私は彼のように、人間らしさを失わずに振る舞えるだろうか。
そんな沈んだ気持ちのところへ、エンドロールで気が狂ったように鳴り響く、コサックダンスが炸裂!息つくひまを一切与えない陽気な躍動するリズムが、半ば力技で落ちた気分を盛り返します。おおっ…楽しいぞ!湿っぽく作品が終わってしまうのを回避し、最後は明るくバランス良く着地します。(せっかくブラックユーモアでコメディの方向に振った作品ですからね)
原作者がユダヤ人というのが気になってちょっと調べてみたのですが、かつてハンガリーではユダヤ人社会が非常に繁栄していた時代があったようです。しかしナチスドイツに有効的だったハンガリー政府は、反ユダヤ主義の法律を作った。ナチスドイツによる迫害があったのです。(恐らくこの作品は本当はかなりセンシティブな要素満載です)こういう背景って島国の日本人で不勉強な自分にはあまりピンと来ないのですが、欧米ではこの作品を見ると「あっ、ハイハイなるほどね」みたいな感じになる、強めなメッセージ性があるんだと思います。日本人は挙手して下さいと言われると、何の抵抗感もなく腕をまっすぐ垂直に挙げますが、海外ではハイルヒットラー!を連想するのでちょっと、みたいな…そんな温度差を感じます。移民や難民というキーワードも重要なポイント。ユダヤは祖国を追われて各国へ散らばり、長年に渡り苦難の道を歩んで来た人々です。ゼロが難民であり、移民だったことは大きな意味があるのです。原作者の思いの強さを想像せずにはいられません。
現在ウクライナとロシアは戦争中だし、トランプさんは難民をグアンタナモに収容する!と鼻息を荒くしていることも、非常に複雑な気持ちになります。(トランプさんがファシストと言っているわけではありません、念のため。むしろ彼は戦争を終わらせてノーベル平和賞を狙ってるともっぱらの…以下割愛)
しかし、コサック音楽ってなんであんなにアップテンポなの??身体あったまるから?という素朴な疑問から、ググって動画を見まくってしまった。大変興味深かかったです。
また、この映画はたくさんの仕掛けがあるようで、色んな人が作品について考察しています。自分とは違う気付かなかった視点を知り、その後もう一度鑑賞すると、また異なる面白さがあるのかもしれません。重いテーマを持ちながら、エンタメも、こだわりの美術的要素も盛りだくさんです。
グスタヴは口は悪いですが、婆さまの訃報を聞いて駆けつけるところも、監獄でお粥をルームサービスしながら、色んな囚人と仲良しなところも大好きです。彼がまさかハリーポッターのヴォルデモートだとはね!全然分からなかったよ…