「善良誠実の代表みたいな人が英雄的な仕事をするお話」ミケランジェロ・プロジェクト DOGLOVER AKIKOさんの映画レビュー(感想・評価)
善良誠実の代表みたいな人が英雄的な仕事をするお話
よく言われることだが、ヒットラーがもし若いときウィーン美術アカデミーに入学を許されていたら、そして沢山の芸術家仲間たちと制作に励み、熱い友情を育んでいたら、ドイツの歴史は全く異なった道を歩んでいたことだろう。大学の同期には、エゴン シーレがいたはずだ。そして、もし彼の絵に才能を見出した裕福なパトロンが付いて、画が良く売れていたらヒットラーは軍人にならず、世界を銃で支配する夢などは持たなかったのではないだろうか。
しかし、そうはならなかった。ヒットラーの絵は評価されず、彼はウィーン美術アカデミーに入学を許されず、失意のうちに軍人になった。そして、たくさんの世界的価値の高い美術品を、ヨーロッパの国々から略奪し、世界一大きな美術館をオーストリアのリンツに建設して収集した作品を展示するつもりでいた。しかし、もし、ヒットラーが戦争で連合軍に負けていたら、すべての略奪した美術品を隠匿していた岩塩抗ごと爆破して処分する命令を下していた。実際、6万点の美術品を隠していたオーストリアの岩塩抗には、1100ポンドの爆弾が隠されていた。
ベルギー、ヘントにあるシントバーフ大聖堂の正面を飾る12枚の「ヘントの祭壇画」は、「神秘の子羊」とも呼ばれ、1430年にオランダ人、フーベルト ファン エイクによって描き始められ、彼の死後は弟のヤンによって完成された。受胎告知、マリアとイエス、神の子羊、洗礼者ヨハネや、歌う天使たちなど、100人以上の人が描かれているフレスコ画で、北ヨーロッパの絵画の最高傑作と言われている。この絵は、フランス革命ではナポレオンによって奪われてパリのルーブルに展示されたり、プロイセンのフリードりッヒ王によってベルリンの絵画館に持ってこられたり、ナチに略奪されたりしてきたが、戦後再びヘントに返還された。
この祭壇画が一枚一枚取り外されて、神父たちの手によって丁寧に梱包されて、ナチの軍人たちに引き渡されていくところから映画が始まる。
そしてベルギー、ブルンジの教会では、ミケランジェロの大理石でできた聖母子像「マドンナ」が、粗末な毛布を掛けられて持ち去られていく。かつて16世紀の頃から貿易で栄えていたブルンジの水路で容易に交通できる美しい街は、ミケランジェロに聖母子像の制作を依頼するほど豊かだった。イタリアを離れて外国で、ミケランジェロが唯一製作した彫刻だ。「マドンナ」は、イタリアのシステイン教会にある「ピエタ」の像に似て美しい大理石でできている。マリアが、慈愛に満ちた優しい眼差しで幼児のイエスを抱く彫刻だ。
これらの世界的な遺産、ラファエル、ダ ビンチ、レンブラント、フェルメールなど、6577点の油絵、2300点の水彩画、954点の印刷物、137点の彫刻、など、6万点の美術品が各地の美術館や個人からナチの手によって奪われた。ヒットラーはこれらの美術品をオーストリアのリンツに美術館を建設して収納するつもりでいた。連合国首脳部は米国のアイゼンハワーを中心に 戦争の終結に先立って、いかにして、これらの美術品を奪い返すかを考えていた。
1944年12月、第一次世界大戦の退官軍人でハーバード大学付属の博物館に勤務していたジョージ ストークス教授(ジョージ クルーニー)に打診がくる。ストークスは、ヨーロッパ戦線でヒットラーが隠匿している美術品を見つけて安全な場所に運搬して保護するための特別班を編成する。美術品探しでは、探し出した美術品が本物か偽物、鑑定できる専門家が居なければならない。博物館の館長、美術鑑定士、美術史家、などの7人が選ばれた。
彼ら特別班は、危険の多い前線に行かなければならない。今更のように、全員が厳しい訓練を受け、ノルマンデイー上陸を果たす。8人は班3班に分かれて盗まれた美術品の後を追う。彼らは「モニュメント メン」と呼ばれた。
ジェームス グレンジャー(マット デーモン)は、パリで失われた美術品の追跡調査を始め、美術館に勤務するローズ ヴァルランドという美術館に勤務する女性に出会う。彼女はアメリカから来た下手なフランス語を話すジェームスに、持ち去られた美術品がどこに隠されているのか言おうとしない。彼女はナチがパリから持ち去った美術品をすべて書き留めて、自分のノートに記録していた。そのノートはその後、ジェームスに渡されて、美術品発見の助けになる。
前線で、大量の美術品がかくされた岩塩抗が発見されたのは、ほんの偶然からだった。ウオルター ガーフィールド(ジョン グッドマン)の歯痛がひどくなって、歯医者に美術品探しの話をしたら、歯医者の従妹夫婦がパリから帰って来たばかりで美術に詳しいという。訪ねて行ってみると、彼はパリで美術館の館長をしてたビクター スタールだった。この男はローズ ヴァルランドの勤務する美術館の館長だったが、自分の家にセザンヌ、ルノアールといった有名な名画を、盗んで飾っていた。モニュメントマン達は、さっそくこの男を拘束して美術品のありかを問いただし、遂にオーストリア アルプスの高地で、大昔に掘削された岩塩抗に行き着く。美術品はニエット ワンステイン城にも隠されていた。
一方ベルギーのブルンジでは、ドイツ軍がミケランジェロの「マドンナ」を持ち去るところに出くわしたモニュメントマンの一人、英国人のドナルド ジェフリー(ハー ボネヒル)は、交戦して銃撃に倒れる。またフランス人のジーン クラウド クレモント中尉(ジーン ドジャルダン)も命を失う。モニュメントマン達は、岩塩抗で発見した何万点もの作品は、一年くらい時間をかけて収容してそれぞれ持ち去られたもとの美術館や教会に返還するつもりでいたが、ドイツ軍の敗走と同時に、ロシア軍が戦線に加わり、岩塩抗に肉薄してきた。美術品を再び奪われる危険がある。急きょ、すべての美術品を運び出すことになった。隊員たちは、犠牲者を出しながらもナチの略奪から人類の遺産ともいうべき美術品を守ったことで、英雄として人々の記憶に残ることになった、というお話。
この映画は、本当にあったことで、原作は、ロバート M エドセル「THE MONUMENTS MEN」(モニュメント メン)。
また、ケイト ブランシェットが演じたローズは、実在の女性、リン H ニコラスで、このときのことを、自書「レイプ オブ ユーロップ」(THE RAPE OF EUROPE)に書き残し、1994年に出版されている。また、同名の映画が2006年に製作された。ナチからフランスの美術品を守った功績によって、彼女はフランス国家名誉賞、レジオン ドヌールを受賞している。
ジョージ クルーニーの監督としての5作目の作品。
善良で誠実で「良い人」の代表のようなジョージ クルーニーと、彼の親友、マット デーモンが、本当に、英雄的な「良い人」を演じている。心温まる良い話を、戦闘とはおよそかけ離れた「美術おたく」 だった男たちが7人、かき集められて戦場に送られて演出する。似合わない軍服、敬礼の仕方が解らない、戦争には年を取りすぎているビル マリーや、歩兵にしては太りすぎているジョン グッドマンや、銃を持つには体が小さすぎて度近眼のボブ バラバンや、フランス人や、イギリス人などが、一堂に会し美術愛好家という一点で一致して、強い結びつきを形成していくところなど、笑いながらも感動的だ。ケイト ブランシェットも、「飯より絵が好き」という感じの、いかにも古い美術館や博物館に勤務して居そうな実直な女性を上手に演じている。
有名な沢山の絵や彫刻が出てくる。
湿っぽい坑道に、粗末な毛布にくるまれて、雑然と放置されたレンブラントや、フェルメールやピカソに心が痛む。撤退するドイツ兵によって、無造作にレンブラントの絵が、火の中に放り投げられて燃えていくシーンなど、叫び出しそうになる。映像の中で、ブルンジの「マドンナ」の彫刻に見とれる。ミケランジェロによってつくられたこの像は、イタリアのシステインチャペルの「ピエタ」が、イエスをかき抱く嘆きのマリアであるのに対して、丸々と太ったイエスに慈愛の眼を注ぐ喜びのマリアだ。暗闇の中で見つけたジョージ スタウト(クルーニー)が、思わず、どんなことがあっても連れて帰るからね、と語りかけ、最後の撤退のときにも一緒に付き添って帰ってきた。彼の愛着のほどがよくわかる。
実は、ブルンジで、この像を6年前に観ている。その時は、この彫刻の価値がわかっていなかった。旅の疲れと二日酔いと空腹とで頭の中から記憶というものがすっかり無くなっていたとしか思えない。マドンナの印象がすっかり抜け落ちている。ミケランジェロさん、ごめんなさい。ジョージ クルーニーさん、ごめんなさい。本当に、どんなに美しいものでもその時の環境や雰囲気や体調やその場の空気など、受け入れ態勢ができていないと感動も起きないという体験をしてしまった。しかし、その数日後には、イタリアで、「ピエタ」を見て感動でひれ伏したくなったし、パリではレンブラントやドラクロアや、ダ ビンチに、心を動かされた。「二ケの勝利の女神の像」には、美術の圧倒的なパワーに立ち尽くして、しばらく動くことができなかった。
芸術作品に触れることで人は心を動かされ、人生を顧みて様々な影響を受ける。芸術なくしては、人々の営みに意味がない。だから、かつての芸術家たちが自らの命を紡ぐようにして作り出してきた作品を守り、次の世代に受け継いでいくことは、人の義務でもある。
この映画は、善良を絵で描いたような8人の「良いひとたち」が 略奪や焼失から美術品を守るという美談であるうえ、英雄的なストーリーだから、感動せずにはいられないだろう。
しかし、同じ時期に、アメリカ人は、東京のみならず大都市の市民にむけて激しい空襲を繰り返し、広島長崎に原爆を落としたことで、日本のミケランジェロやレンブラントに等しい芸術作品や、二度と復旧できない美術品や木造の寺院や木像や彫刻の数々を一瞬に灰にしたことも事実だ。
いまも引き続いている内戦のためにシリアやアフガニスタンなどで、西洋文化に先立つ誇り高いイスラム文化、ペルシャ芸術が、日々破壊されている。アメリカは他国に介入をして、これ以上芸術と文化を破壊することを止めた方が良い。戦争の愚かさを再確認するためにも、この映画は良い映画だ。絵の好きな人、彫刻の好きな人には、必見の映画かもしれない。
最後にフランク ストークスが年を取った姿で出てくる。ジョージ クルーニーに似ていないのじゃないかと思ったが、この人、ジョージ クルーニーの本当のお父さんだった。息子の監督、主演した映画の最後にチョイ役で出演させてもらって、本人は嬉しかったことだろう。