フィルス : 映画評論・批評
2013年11月19日更新
2013年11月16日よりシネマライズほかにてロードショー
破壊の中に新たな価値が生まれる。キャリアを投げ打った俳優マカボイの挑戦
1990年代、「トレインスポッティング」で時代を牽引する存在となった小説家アービン・ウェルシュ。彼のもう一つの代表作「フィルス」は、麻薬、酒、不倫、売春にまみれた刑事が、殺人捜査そっちのけで、同僚を蹴落とすことばかりに情熱を燃やすクライム・コメディの極北だ。
そもそも“フィルス”とは、くずや汚物、それに警察という意味を持つスラングだが、98年の出版時には英国の書店に掲示されたブタ(これも警察を揶揄する意味を持つ)のポスターを警察が押収しようとしてちょっとしたニュースになった程である。
そんなお騒がせなウェルシュ・ワールドの映像化にあたり、映画の神は主演にジェームズ・マカボイを遣わした。「トレスポ」が斬新な映像と音楽に満ちたスタイリッシュな産物だとすれば、本作はマカボイの息づかいが全てのリズムを司る、とことん泥臭いドラマと言えるだろう。
肩を怒らせエジンバラを闊歩する彼の相貌には「つぐない」の精悍さは欠片も無い。今や顔をひん曲げて快楽をむさぼり、子供に中指を突き立て、二言目には卑猥な言葉を発する怪人と化しているのである。さすが英国映画界のエース。過去の偶像性を徹底して破壊することの意義を知っている。これぞキャリアを賭してでも取るべきリスクだ。
かくも猛獣ショーのように観客を威嚇する本作。だが終盤は一転して人間の弱さをも突きつける。我々は主人公の剥き出しの魂に触れ、思わずこの哀れな男にかけてやる言葉はないものか探してしまうことだろう。人の抱える痛みに対して作り手の眼差しはどこか優しい。
これは決して愚かさを嘲笑する映画などではない。むしろ、そうとしか生きられない男に捧げられた挽歌なのである。
(牛津厚信)