フォックスキャッチャー : 映画評論・批評
2015年2月3日更新
2015年2月14日より新宿ピカデリーほかにてロードショー
奇妙に歪んだ相互依存関係の中で発酵していく愛憎と狂気
ベネット・ミラーは、アメリカ現代史の深層に横たわる病理をあたかも冷徹な臨床医師であるかのような眼差しで観察する不敵な映画作家である。「カポーティ」では天才作家トルーマン・カポーティと彼の代表作「冷血」のモデルとなった殺人犯ペリー・スミスとのねじれた関係に鋭いメスを入れた。そして本作ではアメリカ有数の大富豪デュポン財閥の御曹司ジョン(スティーブ・カレル)がレスリングの金メダリストを射殺した特異な事件に大胆に切り込んで行く。
ベネット・ミラーは恐ろしく緩慢なペースで、困窮に喘ぐ金メダリストのマーク(チャニング・テイタム)と、妻子と堅実な家庭生活を営む兄のデイヴ(マーク・ラファロ)との複雑微妙に入り組んだ関係をスケッチする。不幸な生い立ちゆえに兄に依存し、劣等感を抱くマークを、ジョンが破格の待遇で自身のレスリングチーム〈フォックスキャッチャー〉へと誘う。ソウルオリンピックで優勝するためだ。
人里離れた豪邸を舞台に、伝統と強権的な母の圧政下にあるジョンと自立を目指したマークの奇妙に歪んだ相互依存のドラマが、静謐なトーンで紡がれてゆく。さらに、そこにデイヴが加わることで、美しい自然と澄み切った大気のなかに次第に息の詰まるような狂気が発酵していく。
ベネット・ミラーは、一切の説明的な台詞やアクションを排し、この三者の関係の軋みのなかで醸成される得体のしれない〈兆候〉そのものを、画面に浮かび上がらせる。とりわけクローズ・アップでとらえられたスティーブ・カレルとチャニング・テイタムのすさまじい愛憎、憤怒の表情は強烈な印象を残す。そして彼らの悲哀に満ちた自己懲罰の身振りは、なまなかな感情移入を拒みつつも、見る者を深く打ちのめすのである。
(高崎俊夫)