劇場公開日 2015年3月7日

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正しく生きる : インタビュー

2015年3月6日更新
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岸部一徳、映画「正しく生きる」で“危険な”芸術家に

京都造形芸術大学の学生が、プロの監督、俳優陣とともに映画を製作する企画「北白川派映画運動」の第5作「正しく生きる」(福岡芳穂監督)が、3月7日から公開される。映画、テレビドラマで数々の個性的なキャラクターを演じてきた岸部一徳が、本作では“危険な”芸術家役で出演する。学生たちとのコラボレーションと自身の俳優生活を振り返った。(取材・文・写真/編集部)

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大災害に見舞われた日本のとある都市を舞台に、わが子を虐待してしまう若い母親、暴力団に取り込まれてしまう青年、生活に不安を抱えながら漫才師を目指す若者らが、困難の中でひたむきに生きる姿を描く群像劇。岸部が演じるのは、放射性物質を用いた作品を制作し、テロを画策するという謎めいた芸術家だ。本作のポスターは、岸部と若い女性が防護服を着て直立した写真に「世界を終わらせよう」というコピーを重ね、挑戦的な物語を予感させる。

映画監督高橋伴明の誘いで、本作への参加を決めた。「脚本を読む前から、引き受けようとは思っていました。とても実験的で、いわゆる商業的なところから生まれにくいテーマや脚本で、『正しく生きる』という強いタイトルからもいろんな見方ができる作品」と語る。

京都出身の岸部、アナーキーな香りのする本作はある意味で京都らしさが出た作品だと分析する。「かつて都は京都だったという意識が未だに残っていて、現政権の間逆を演じてしまうというのが伝統的にあるんでしょうね。古いようで、新しいようで、むつかしい街。若い頃はとにかく早く京都を出て、大阪に出て、東京に行きたかった。でも、60歳に差し掛かってやっぱり京都がいいって、懐かしくなるんです。京都の大学からこういう映画が出てくるのも、妙にうれしくなりますね」と頬を緩める。現場は普段の撮影とは違った刺激があったそうで「生徒たちから出てくるアイディア、それを監督がひとつの方向にまとめていく。その過程が意外と面白かったです」と振り返る。

1967年「ザ・タイガース」のベーシストとしてデビューし、バンドは一世を風び。解散後、75年にTBSの演出家久世光彦氏からの勧めで本格的に俳優に転身し、今年で俳優生活40周年という節目を迎えた。長年のキャリアを重ね、日本映画界になくてはならない存在となった今でも初心を忘れず、俳優業に対する姿勢はあくまで謙虚だ。

「好きな音楽をやってきて、自分の中で挫折を経験しました。そんな時に、声がかかってオーディションを受けることになったんです。当時どんな俳優になりたいかというビジョンみたいなものは全くなく、とにかく知らない世界でやりはじめました。そして、その時の感覚は今もまだ残っています。俳優とは何だ、演技とは何だって、なかなかプロになりきれない。素人感覚がどこかにある気がします」

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映画俳優としての手ごたえを感じた作品は、1990年にカンヌ国際映画祭審査員グランプリを受賞した「死の棘」(小栗康平監督)。岸部もその年の日本アカデミー賞主演男優賞に輝いた。「監督は具体的には何も言いませんでしたし、とにかく自分ではわからないままに撮影を続けました。そして、すべてが終わって初めて、やっているときにわからなかったことが、わかったという経験をしました」

そして、映画に出演することの醍醐味をこう語る。「テレビと映画との違いは、キャメラの向こう側の世界に入るか入らないかということ。映画はキャメラの向こう側の役の人物になったときに、別の世界に立つという意識がすごく強いんです。フレームの中に立っている自分の意識が楽しくて、映画ばかりやっていた時期もあります。テレビは日常の延長線みたいな部分で、まったく別の意味の面白さがありますけれどね」

今回、平成生まれの学生たちと映画を作るという初めての経験を大いに楽しんだと語る。岸部自身はどんな青春時代を送った若者だったのだろうか。「壁のようなものが多く、窮屈さを感じていました。家という大きく立ちはだかる一つ目の壁があり、僕は京都から大阪に出ることも大変でした。そしてプロになる壁があって……それを乗り越えるエネルギーが必要でした。僕らが音楽をやっていた時は安保闘争があって、高校生までもがガヤガヤしている混沌とした時代。そんな中で僕らは女の子相手のアイドルみたいな言われ方をしたり、その一方で不良のような位置におかれたり……だから、ビートルズやローリング・ストーンズと同じことをやっているんだと錯覚かもしれないけれど、そんな風に思っていました」と振り返る。

そして、「今の時代はそんな壁が意外と少ないような感じがします。壁が無いから、若い人たちは何でも好きなことができそうですが、その分、意外としんどいこともあるんじゃないでしょうか。政治にしてもそうだし、ぶつかっていく対象はいっぱいあるはずなのに、今の若い子はそれほど動かない。でも、僕らとはまったく環境の違う時代からとんでもない人物が現れるかもしれませんね」と若い世代への期待を語った。

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