ムード・インディゴ うたかたの日々 : インタビュー
「思春期に戻ったような気分になった」M・ゴンドリーが撮影を語る
ちょうど去年の今頃、パリ郊外のスタジオで新作「ムード・インディゴ うたかたの日々」を撮影しているミシェル・ゴンドリーを訪れる機会があった。セットのアパルトマンの部屋を一歩入ると、なぜか湯沸かし器ばかりが何台も並んだキッチンの一角にプチ温室の花が咲き乱れ、テーブルにはカラフルな毛糸でできた食べ物が並び、ダイニング・ルームにはピアノからさまざまなチューブが飛び出て自動的にカクテルが作られる「ピアノカクテル」のマシーンが鎮座していた。その光景は、まるでレトロ・モダンなおもちゃの国にでもタイムトリップしたかのようだった。今年の夏、再会を果たしたゴンドリーが、原作への愛着と映画への思い入れを語ってくれた。(取材・文/佐藤久理子)
「うたかたの日々」はフランスの有名な前衛作家ボリス・ビアンのカルト小説であり、本国ではいまだに若い人たちのバイブルでもある。今回この原作を映画化したのがゴンドリーというわけだ。じつは映画化されたのはこれが初めてではない。だが原作を読んだことがある人なら、へんてこで度肝を抜くオブジェの数々と、ユーモアとメランコリーが同居したヴィアンの世界は、まさにゴンドリーのそれに通じるものがあると感じるに違いない。
「はじめて原作を読んだのはたぶん14、15歳のとき。ものすごくへんなオブジェがたくさん出てくるのが印象的で、そんな彼のユニークな創造性に驚き、わくわくさせられた。それにどこかタイムレスで、過去と未来が混じった感じも好きだった。でも物語自体はとてもメランコリックでせつなくて、心を打たれたのを覚えている。以来、何度も読み直しているぐらい、好きな小説のひとつだよ」
「可愛い女の子と恋がしたい!」と願っている主人公のコラン(ロマン・デュリス)は、友人の家のパーティで、自分が大好きなデューク・エリントンの音楽を彷彿させるような理想の女性クロエ(オドレイ・トトゥ)に出会う。ふたりはあっという間に意気投合し、結婚。だがクロエが胸に睡蓮が咲く謎の病に侵され、彼女の状態が悪化するにつれコランの苦悩は深まり、ふたりのアパルトマンすらも日に日に縮まっていく。
「とてもブラックで絶望的な世界だ。でも思春期の頃ってそういう暗いものに惹かれるだろう? 子どもの絵本はだいたい明るく終わるけれど、僕らは年を取るにつれてそんなのは嘘っぱちで、人生はもっとハードなんだということがわかってくる。むしろそういう絶望的な感情を正直に描いたものに感動させられるようになる。だからこそ、この本はいまでもとてもポピュラーなんだ。ビアンを読むと、何かしらアグレッシブな面があると同時に、どこかピュアなナイーブさもあって、そこに人々は共感するんじゃないかな。この本は読む年齢によって印象も異なると思うけれど、僕にとっていつも変わらないのは、最初はカラフルなのに終わりに近づくに従ってモノトーンの雰囲気になること。そして細部にわたって描写が具体的。それはビアンにとってとても大切なことだったと思う」
映画を見ると、ピュアネスと遊び心がにじみ出た映像に思わず微笑まずにはいられない。たとえば不器用なカップルのデートを祝福するかのような、空に浮く綿菓子みたいな乗り物、ふたりがハネムーンに使う透明でフュチュリスティックなリムジン、水中をたゆたうような“日々の泡”に囲まれた美しいスローモーション・シーン。まさに映像派ゴンドリーの面目躍如といったところだ。「ガジェットを作るのは本当に楽しかったよ(笑)。原作は1947年に書かれたものだけど、僕はただノスタルジックなだけの雰囲気にはしたくなかった。ちょっとSF的なところとレトロなところをミックスさせたかったんだ」
可憐なクロエ役にぴったりのオドレイ・トトゥは、ゴンドリーがずっと以前から仕事をしたいと思っていたと言う。「オドレイのことはずいぶん前から知っていたけれど、なかなか合う役がなくて今回初めて声を掛けたんだ。彼女には特有の純粋さがある。見かけは華奢なのに中身は強くてエネルギッシュ。それにもちろん素晴らしい女優でもある。彼女に引き受けてもらえて良かったよ。オドレイが決まってから、彼女にもっとも合う相手は誰かと考えてロマン・デュリスがすぐに浮かんだ。ふたりはもう何度も共演しているし、息もぴったりだからね」
今回初めて監督自身が重要な役どころでゲスト出演しているのもご愛嬌だ。それほどトトゥと共演したかったのかと思いきや、「僕が好きな俳優に頼んだけれど、スケジュールが合わなかったから」と、照れながら弁明するところは可愛い。「あなたの映画はむしろ若い人に支持される印象がある」と言うと、こう答えた。「それはきっと僕自身が精神的に大人じゃないからかもね(笑)。僕は小難しい映画は嫌いだし、どこかに純粋さが感じられるようなものが好きなんだ。この映画をやりながら、ちょっと思春期に戻ったような気分になったよ」