ムード・インディゴ うたかたの日々 : 映画評論・批評
2013年10月9日更新
2013年10月5日より新宿バルト9、シネマライズほかにてロードショー
原作者の無邪気な感性を、ゴンドリーは遊び心たっぷりに映画へと翻訳
「人生で大切なのは綺麗な女の子との恋愛と、デューク・エリントンの音楽だけ。あとは消えてしまえばいい、醜いから」。粋人だったボリス・ビアンが序文にそう書いた摩訶不思議な小説は、自由な発想に満ちた、幻想的な青春恋愛小説。この作家とミシェル・ゴンドリー監督の感性が同じ種類のきらめきをもっているということは、両方の作品に親しんだ人なら誰も否定できないんじゃないかな?
ふたりの作家に共通する美質は、創造性に満ちた想像力にある。発明家的な発想力と言い換えてもいい。ビアンの描く世界は、現実の世界とは違ったユニークなモノや生き物でいっぱいだ。これを具現化するのに、ゴンドリーは遊び心をめいっぱい利かせたアイデアで勝負する。あくまでもアナログなガジェットには、ゴンドリーが「僕らのミライへ逆回転」でもテーマにした「モノ作りの楽しさ」があふれ、こうでなくちゃと思わせる。まさに忠実な、映画への翻訳。主人公のコランを理解するハツカネズミ、パイナップル味の歯磨き粉を求めて蛇口から現れるウナギ、弾く音によってカクテルを調合してくれるカクテル・ピアノ、そして足がびよんと伸びるビグルモアなるダンス……。無邪気な感性の産物に、ワクワクせずにはいられない!
しかし、主人公コランが恋して妻になったクロエが「肺に睡蓮の花が咲く」奇病にかかると、世界は無邪気さと色を失い、ただただ不条理と狂気へと転じていく。このコントラストも詩情も残酷さも、見事に美しい。若くない主役コンビのキャスティングは少々残念だが(若いころなら完璧)、原作への深い愛情が脈打つこの映画を、ビアンも蛇口から現れたくなるくらい喜んでいるに違いない。
(若林ゆり)