ラッシュ プライドと友情 : インタビュー
クリス・ヘムズワース&ダニエル・ブリュール、それぞれのキャリアを変えた大きな1本
言わずと知れたカーレースの最高峰、F1。とはいえスピードカーに興味がなければ、F1史に語り継がれるジェームズ・ハントとニキ・ラウダの激闘も聞いたことがないかもしれない。しかし本作「ラッシュ プライドと友情」を見るにあたり、F1が好きか、スピードカーが好きかは全く問題にならない。これはカーレースに魅せられ命をかけた2人の男が、時にぶつかり合い、ののしり合い、リスペクトし合った記録だ。2人の天才ドライバーを演じたクリス・ヘムズワースとダニエル・ブリュールが、本作に込めた思いを語った。(取材・文/山崎佐保子、写真/江藤海彦)
ヘムズワースといえば、「マイティ・ソー」や「アベンジャーズ」で見せたギリシャ彫刻のような見事な筋肉美、「キャビン」で演じたアメリカ典型の“金髪兄ちゃん”といったイメージが先行する。本作で演じた希代のプレイボーイ・ハント役は、ジャンルで括ると“ちゃらいモテ男”だが、これまでの役とは大きな違いがある。「筋肉の鍛え方ではなく、初めて演技のことを質問された映画だよ(笑)。マッチョの役もそれはそれでいいんだけど、さすがにそれだけだと疲れてしまう。だから今回、演技のことを聞かれるのはとても新鮮。今までの映画よりもずっとずっと、この映画を通じてたくさんのことを学んだし、僕自身にとってとても大きな意味のある、実り多き映画になったよ」と達成感をにじませた。
一方のブリュールは、鮮烈な印象を残した「グッバイ・レーニン」をはじめ、「ベルリン、僕らの革命」「サルバドールの朝」「イングロリアス・バスターズ」など、主にヨーロッパを舞台に数々の名作に出演してきた“演技派”。ヘムズワースとは全く異なるキャリアを積んできたが、本作によって大きく俳優人生が変わったことは共通する。「これまでのキャリアの中でもとても大きな仕事だった。この映画が公開されるまでは、僕はアメリカではほとんど知られていない存在だったし、ニキ役は今までやったことのない役だった。演じながらも、これはきっとすごいことになるぞと感じていたんだ。トロントでプレミア上映された時、それはそれはすごい反響だった。あんなに素晴らしい評価を受けたことがなかったから、本当にうれしかったよ」。
本作の舞台は、1976年のF1グランプリ。自由奔放なカリスマ・ハントと完璧主義者のラウダは、常に互いを意識し、せめぎ合う永遠のライバルだった。迫るハントを抑え優勢に立っていたラウダだが、ドイツGPで壮絶なクラッシュを起こしひん死の重傷を負ってしまう。しかしラウダは奇跡的な復帰を果たし、ハントとの決着をつけるため日本の富士スピードウェイで開催された最終戦に戻ってくる。
見る者の“アドレナリンを誘う”圧巻のカーレース描写はもちろんのこと、ハントとラウダの人物造形の細やかさにも目を見張る。それは強くてタフなF1レーサーという典型ではなく、弱くてもろいF1レーサーというリアル。ヘムズワースもそういった人物像に感銘を受けたといい、「もちろん車の映画だからセクシーだし、グラマラスな側面もある。だけどやはりそこに描かれているのは人間ドラマなんだ。2人の人物が、本当に細かいディテールまで描き込まれている。それに僕たちは撮影現場で互いを非常に尊敬し合っていた。だからこそ色々な可能性を“冒険”できたことは、人物としてのリアリティを作り上げるうえで大きかったと思う」。さらにヘムズワースの場合、「まずは『アベンジャーズ』でつけた体重を大幅に減らさなければいけなかった。役作りのためにハントのフッテージをたくさん見ることができたのはラッキーだったけれど、単純にそれらをコピーするのではなく、なぜ彼はそういう動きをするのか、そういうことを言うのか。そこには恐怖や不安があって、それらを隠すためにこうやって話すんじゃないだろうか、こう動くんじゃないんだろうか。常にそういったことを考えながら演じていたよ」と、ハントの実像に近づくためあらゆる想像力を結集させた。
そしてブリュールの場合、演じるラウダは現存する人物ゆえに繊細な作業が要求される。容姿はもちろん、ニキ特有のオーストリアなまりの英語もマスターし、可能な限り万全な体勢で“生ける伝説”に挑んだという。「僕自身はとても恐がりだし、緊張しやすいタイプなんだ。ニキを演じるにあたっては、そういった素の部分を全部無くさなければならなかった。ニキは映画に出てくるままに、歯に衣着せず言いたいことをバッサリと言うタイプなんだ。ピーターが脚色したわけでなく、本当にそういう人物なんだよ。だから僕の中に疑いや自信のなさ、ましてや恐怖心があると、ニキという人物が嘘っぽくなってしまう。幸い、ニキ本人が色々とサポートしてくれたおかげで僕の自信もついた。そしてもちろん、ロン・ハワードのような素晴らしい監督とクリスのような素晴らしいパートナーがいたからこそ、ニキの役を演じ切ることができたんだ」。
本作を手がけたのは、「アポロ13」「ビューティフル・マインド」「シンデレラマン」など、数々の実話の映画化で高い評価を得てきた名匠ロン・ハワード監督。本作では、「フロスト×ニクソン」の脚本家ピーター・モーガンと再びタッグを組んだ。ブリュールは、「おそらくピーター・モーガンは実在のキャラクターを描く脚本家としては世界でもベスト。いわゆる伝記映画といわれるジャンルでは、全てのエピソードを盛り込もうとして詰め込みすぎ、それが逆効果となってつまらなくなってしまうケースが多いと思う。盛り込むことに集中するあまりに、“取り除く”という作業を怠りがちなんだ。ピーターのすごいところは、人生のあるチャプターにフォーカスして、そこに人物のエッセンスをうまく取り込むことができる。実際には起こらなかったことでも、文脈を捉えてまさにぴったりの出来事(フィクション)を作り上げることができるんだよ」。
ヘムズワースも同調する。「この映画は、あらゆる映画の”鋳型”(いがた)を壊している。はっきりとヒーローと悪役を作り上げるのではなく、それぞれの人物の中に良い部分や嫌な部分をきちんと描いているんだ。そして最後はどちらがどうなるか分からない。それが観客の興奮につながる。まさにピーター・モーガンの脚本の素晴らしさと、ロン・ハワード監督の手腕に尽きると思う」。