「1970年代半ばのスイス・ジュネーヴ。 世界保健機構の施設に3人の...」カサンドラ・クロス りゃんひささんの映画レビュー(感想・評価)
1970年代半ばのスイス・ジュネーヴ。 世界保健機構の施設に3人の...
1970年代半ばのスイス・ジュネーヴ。
世界保健機構の施設に3人のテロリストが侵入。
目的は米国が開発している新型ウィルス。
短期間で感染が広まり、重度の肺炎を引き起こし、死に至らしめるという代物。
2人がウィルスに感染したが、ひとりは現場で確保、残る1人がストックホルム行きの列車に潜伏した。
米軍将校マッケンジー大佐(バート・ランカスター)は事態を収めるべくジュネーヴの指揮所に着任。
感染者を乗せた列車を、ポーランドの第二次大戦中の収容所跡地に隔離する命令を受けた。
が、その手前には、老朽化して放置されたままのカサンドラ大鉄橋があった。
マッケンジー大佐は、運を天に任せるべく、列車を導いていくが・・・
といった物語で、初公開当時、大鉄橋から列車が転落・・・といったパニック映画めいた宣伝と、白い防疫服姿の顔がわからない人物がメインのポスターデザインで、10代前半の少年には、なんだかよくわからない映画のような印象でした。
ただし、バート・ランカスターをはじめ、ソフィア・ローレンやリチャード・ハリス(当時は、それほど人気ではなくて、誰?って印象でしたが)、ベテランのエヴァ・ガードナーやアリダ・ヴァリ、若手で人気が出てきていたレイモンド・ラヴロック、さらに大作映画の黒人といえばこのひとO・J・シンプソンらのオールスターキャストは、地味目ながら興味を集めました。
映画は、列車の乗客を隔離もしくは抹殺しようとするマッケンジー大佐側の対策指揮所と、疫病が広まる列車側の現場と、ふたてに分かれた作り。
この手の映画では、往々にして、離れた場所でのサスペンスが盛り上がらないことも多いのですが、本作ではまずまず上手くいっている部類。
マッケンジーの指揮所側をシンプルに設定したのが功を奏しているでしょう。
一方、現場の列車側ですが、疫病が広がる描写がやや生ぬるく、緊迫感が乏しいです。
特に、ソフィア・ローレンやリチャード・ハリスなどのメインキャストは罹患することなく(しなくてもいいんですが)、罹患の恐怖に怯えずに活動するあたりはリアリティに欠くかなぁ。
リアルとは別に、サスペンスを盛り上げる要素は織り込んでも良かったかも。
で、映画中盤までは、ほんと平凡な出来。
なんですが、中盤、白い防疫服の一行が線路わきで待ち受ける中間地点から緊迫感が盛り上がります。
ここ、脚本も上手く、第二次大戦のユダヤ人ホロコーストを生き延びたカプラン老人(リー・ストラスバーグ)が、妻子を失ったポーランドの地へ列車が向かっていることを知り、当時の悪夢がよみがえる。
白い防疫服たちはナチスと同じ・・・
というのが背景にあっての緊迫感。
これは、初公開時は見逃していました。
第二次大戦時の統制下の恐怖が・・・ということを背景にしての、リチャード・ハリスらのレジスタンス、抵抗戦。
そして迎える運命のカサンドラ大鉄橋。
最近のエンタテインメント映画だと、たぶん大方は助かるのが定石なんだけれど、そうならないあたりが、まだまだ第二次大戦の記憶を残している1970年代の映画。
短いながらも阿鼻叫喚の描写がやって来、「運を天に任せる」というマッケンジー大佐の気持ちにシンクロ・同調していく次第。
この事件が収拾できたのかどうかはよくわからない。
そういう含みを持たせたラスト。
任務を遂行したに過ぎないマッケンジー大佐が、映画のいちばん最後に映し出される人物なあたり、米国ハリウッド製のエンタテインメント映画とは、かなり味わいが異なります。
監督は、本作が監督2作目のジョルジ・パン・コスマトス。
製作は、ソフィア・ローレンの夫で数々の話題作をつくったカルロ・ポンティと、『さすらいの航海』『ドミノ・ターゲット』『レイズ・ザ・タイタニック』などを手掛けた英国のルー・グレイドと、製作をみると明朗なエンタテインメント映画でないことはわかるかもしれません。
ジェリー・ゴールドスミスの音楽も耳に残ります。