ビフォア・ミッドナイト : 映画評論・批評
2014年1月7日更新
2014年1月18日よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿バルト9ほかにてロードショー
時代や場所や人間関係によってその風味が変わる「40代のふたりの物語」
「ギリシャでは中身は同じものを詰めるの」
「中身が同じでも入れ物が違うと風味が違ってくる」
記憶では、そんな台詞があったと思う。
ギリシャの代表的な料理「ゲミスタ」を作る際、フランス人の主人公セリーヌにギリシャ人主婦が作り方を教えるシーンの台詞である。
というわけで今回はギリシャが舞台で、前作「ビフォア・サンセット」から9年後という設定。主人公たちの間には双子までいる。これまで2作の、再会の予感とともに描かれる儚い時間の物語とは少し違い、停滞した暮らしの焦燥感とコントロール不能な運命を前にした緊張感が、ふたりの会話を過剰にしたり刺々しくしたりする。もちろん前2作を見ていなくても大丈夫。何しろ「中身は同じ」だから。
人間はいつまで経っても変わらない、ということではない。1作目で描かれたふたりの18年前、2作目での9年前が、確実にふたりの現在を作り上げているからだ。今ここで描かれる彼らの現在の中に、過去や未来が入り込んできていると言ったらいいか。あらゆる時間と場所、あらゆる人々の抱える取るに足らない小さな出来事や出会いやそこでの関係が、ジェシーとセリーヌというふたりの物語として語られているのである。ピーマンやトマトやナスやズッキーニに同じ中身を詰めて作るゲミスタ。時代や場所や人間関係によってその風味が変わる。今回は40代のふたりの物語。ギリシャの光に潜む神話時代からの永遠の時間が、それを観る私たちの過去と現在と未来を照らし出すはずだ。
(樋口泰人)