コン・ティキ : 映画評論・批評
2013年6月19日更新
2013年6月29日よりヒューマントラストシネマ有楽町ほかにてロードショー
「人間中心主義を脱却した未来」を見据えた冒険映画
ノルウェーの人類学者トール・ヘイエルダールが1947年に成し遂げた伝説の航海は、ヘイエルダール自身によって「コン・ティキ号探検記」としてまとめられている。さらにこの航海は映像にも記録され、そこから生まれた「Kon-Tiki」(50)はアカデミー賞の長編ドキュメンタリー映画賞を受賞した。
ヘイエルダールは冒険家ではなく、あくまで科学者としてポリネシア人の起源に関する定説の誤りを証明するために海に乗り出した。だが彼の仮説については、現在では遺伝子分析などの結果も踏まえ、否定的な見解が優勢になっている。
では、いまこの航海を映画化することにはどのような意味があるのか。もちろん仮説が否定されたとしても、このような実証航海の意味や価値が薄れるわけではない。そこには普通では味わえない人間ドラマもある。しかし、「コン・ティキ」は記録も豊富な航海をリアルに再現しただけの作品ではない。
この映画で印象に残るのは、乗員の民族誌学者ベングトが、夜中に海中でかすかな光を放つ微生物を見ながら、人間も最初は海に住むちっぽけな生命体だったが、進化して醜くなっていったことを語る場面だ。進化の結果、人間は自然環境を大きく変える力を持ち、地球温暖化のような深刻な問題に直面することになった。彼の言葉はそんな現在に向けられている。
コン・ティキ号の他の乗員たちは、舵が効かないために大渦巻にのまれたり、丸太を結ぶ縄が切れる不安に襲われるが、ヘイエルダールはすべてを自然に委ねる。この映画のコン・ティキ号は、人間中心主義を脱却した未来に向かっているようにも見える。
(大場正明)