「これから生まれてくる未来の為に」リンカーン 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
これから生まれてくる未来の為に
スピルバーグが描く、リンカーン大統領。
この映画の企画が始まったのは何年前の事だったろうか。製作が遅れたり、主演がリーアム・ニーソンからダニエル・デイ=ルイスに変更になったりと紆余曲折あったが、ようやく満を期しての公開、鑑賞だ。
映画はリンカーン大統領の“伝記映画”ではなく、奴隷制度廃止の法案を可決させるまでを描く。
なので、有名なあのスピーチや暗殺は直接的には描かず、南北戦争を背景にしていながら得意の派手な戦場シーンも無い。
偉業を成し遂げる姿をじっくり追い、史実を忠実に再現した円熟の演出は「シンドラーのリスト」や「アミスタッド」を思わせ、エンタメ派とは違う、スピルバーグのヒューマニズム溢れる良心が表されている。
ダニエル・デイ=ルイスが素晴らしい。
ダニエル・デイ=ルイスと言うと、インパクトある熱演が印象的。時には怪演と言ってもイイ。
だが本作では、グッと抑え、穏やかさと全身全霊を傾けた強い意志を体現。相手を煙に巻くウィットに富んだ例え話でユーモラスな一面を覗かせ、家族との関係で苦悩も滲ませ、一つ一つの名演に引き込まれる。
リンカーン夫人のサリー・フィールドを始め、実力派俳優たちによるアンサンブル劇は贅沢の一言に尽きる。
中でも、トミー・リー・ジョーンズはデイ=ルイスと等しく秀逸。
リンカーン以上に奴隷制度廃止を訴えるスティーブンス議員役で、場をさらう。何故彼は熱く奴隷制度廃止を訴えるのか、その理由にはしんみりさせられる。トミー・リーにもオスカーを受賞して欲しかった。
奴隷制度廃止と南北戦争の終結。この難題にリンカーンは挑む。
南部による奴隷制度存続が南北戦争の発端なので、奴隷制度廃止なくして南北戦争終結も有り得ない。
その道は非常に険しい。
実現の為に、時には駆け引き、取り引き、妥協、裏工作してまで奔走する。
理想だけでは実現出来ない政治の困難さ。
何故リンカーンはそうまでして戦うのか。
それは、ただ純粋に、人の自由と平等の為。
この一時だけではなく、これから生まれてくる者たちと未来の為。
その為に、多くの血と涙が流され、犠牲を出した。
それらを償う為にも、リンカーンが歴史に残した遺産は永遠であると切に願いたい。
映画は重厚で難しい部分もある。1世紀以上も昔の話でもある。
しかし、映画が訴えるメッセージは間違いなく未来に向けてのものだ。
このメッセージを受け止める意味と映画を見る意義は大いにある。