劇場公開日 2012年11月23日

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人生の特等席のレビュー・感想・評価

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5.0偏屈で気難しい職人中の職人。まさにイーストウッドにぴったりの役でした。

2012年11月18日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 作品は、あっさりしていて古き良きハリウッド映画を彷彿させるものです。最近の二転三転する、伏線が込み入ったドラマを見慣れている向きには、もう一ひねり欲しかったと思われることでしょう。
 トラウマを抱えた父と娘が正面から向き合うことになって起こる衝突と和解の物語は、ほぼ予想通りのストーリー展開となって、結末が見通せてしまう作りなのです。だけどそんなスジ運びの不満を補って、登場人物を見つめる視線が温かく、じわじわと感動がわいてくる佳作に仕上がっていました。
 なんといっても注目点は、2008年公開の「グランートリノ」の出演後、俳優業を一度は引退したはずの遠ざかっていたクリント・イーストウッドが、スクリーンに主役で戻ってきたことです。
 俳優と言うよりも、今や米国を代表する名監督となったイーストウッドですが、俳優としても年を経るごとに味わいを増していると思います。苦虫をかみつぶしたような表情、そして渋いだみ声が存在感をスクリーンに焼き付けます。頑固なジジイ役を演じさせると、この人の右に出る者はいないでしょう。昔ながらの自分流を固に貫く。言葉遣いが乱暴で、物にも人にも当たり散らしてばかり。偏屈で気難しい職人中の職人。まさにイーストウッドにぴったりの役でした。
 齢82歳を迎えたこの老俳優の顔には無数の深いしわが刻まれて、一段と老けたなという感じがありありと伝わってきます。しかし、イーストウッドの凄いところは、老いを隠さず、さらけ出しているところにあります。年相応の老いをさらけ出しても、それが実に格好良く写るところが、名優の風格なんでしょうね。まるで枯山水か、年輪を重ねたような銘木の味わいを感じさせます。そんな颯爽とした老いの姿は必見です。

 物語は、米大リーグのスカウト一筋に生きてきたガスの引退がかかった、最後の仕事になるかもしれないスカウトの旅に出かけるところから描かれます。
 けれども老いが忍び寄るガスには、寄る年波に相応した問題が起こっていました。朝起きると、小便の出が悪くてイライラしたり、不必要に家具に足を取られたりします。さらに視力の衰えからか、いつものように自動車を運転しようとしたら、事故を引き起こしてしまうことも。
 医者の診断では、失明の可能性があるとまで告げられて、視力の衰えを自覚せざるを得ませんでした。困ったのはスカウトとしての仕事。ガスのこだわりは、高校や大学の試合を自分の目で見て回り、選手を見極めることだったのです。
 それに対して、近年の野球は映画『マネーボール』で描かれたように、データ重視で、コンピューターを使って、データで有力選手を絞る手法が主流となっていたのです。それに対して、ガスは自分の目と耳と勘で新人を発掘し、コンピュータデータを信じようとしません。そんな彼に、アトランタ・ブレーブスのフロントは疑問を持ち始めます。その影には、ガスを追い落として、スカウトの座を奪おうと狙っているフィリップの存在が。フィリップは、ガスとは対称的に、現場には出向かず、コンピュータデータの統計だけで判断していたのです。
 苦しい立場に追い込まれているガスを助けられるかもしれないのは、だったひとりの家族である娘のミッキーただ一人でした。彼女がスカウトに同行し、ガスの目の代わりを務めることになります。
 ミッキーは、弁護士事務所で昇格がかかる大事な仕事を抱えていました。でも、父の窮地を見捨てることができなかったのです。そんな親孝行な娘の心意気なのに、ふたりの間は、いつもすれ違い気味。一体どんなトラウマを抱えていたのでしょうか?
 実は、ガスは早くに妻を亡くし、ミッキーは幼くして親戚に預けられ、学校も寄宿舎に入れられてきたのでした。そんなガスの仕打ちに、ミッキーはずっと父親から捨てられたと思い込み、怨んでいたのです。おまけに愛情を示すのが大の苦手だったガス。ミッキーが心ならずと実の父親にぶつかってしまうのも、頷けました。そんな、苦しいミッキーの胸の内を、繊細な演技でエイミー・ アダムスが好演していて、ホロリと泣かされます。
 これって結構皆さんのなかにも経験があるではないでしょうか。子供の頃のちょっとした誤解で、両親に愛されなかった、置いてきぼりにされたという恨み心がすっと残っていて、怖いのはそれを忘れてしまっていることです。ちょうどミッキーと同じアラサーになってから、潜在意識に残った恨み心がにょきにょきと顕在化して、人生を狂わしていくことが多いようなのですね。だから時々は人生を深く振り返って、心の中に恨み心が宿っていないか、点検してみることは大切です。

 意外なことに弁護士のミッキーは、ガスにひけをとらず、プロのスカウト並みに野球に詳しかったことです。それもそのはずで、幼い時はいつもガスに連れられて、野球試合を見続ける日々をミッキーは過ごしてきたのでした。
 何年かぶりに一緒に過ごすし、父の目の代わりをやり遂げるなかで、ふたりはお互いを見つめ直します。徐々にふたりの関係は打ち解けていくようになるのでした。
 その大きなヤマ場は、ガスの意見が退けられて、ガスが問題ありと見抜いた選手を球団が指名一位に押すことを決定したとき。データだけでそれを推進したフィリップの批判で、とうとうガスは引退することになってしまいます。失意のガスを励まそうとするミッキーでしたが、かえって口論に。自分を捨てたことを赤裸々に訴える娘に、今まで父が何も語らなかった長く秘められてきた真実が明らかになっていくのです。
 お互いの思いがぶつかり会ういいシーンでした。

 ここからラストに向けての展開はスピードアップして、ちょっと出来すぎという感じがしました。もっとひねりが欲しいところです。ガスがかつて指名した元投手で新人スカウトのジョニーとミッキーの恋がサブストーリーで描かれるのは、いささか冗長ぎみ。もしイーストウッドが監督をしたのなら、もっと大胆にはしょっくって、本筋の映画の密度を上げたはずだから、惜しいと思います。
 それでも、ラストでガスとミッキーの親子の目利きの確かさが、ある隠し玉の登場ではっきりして、データー重視のフィリップを痛打することになるシーンでは、冒頭のあるシーンが重要な伏線として描かれており、ずっと仕事と人生に悩んできたミッキーが新しい選択をすることと相まって、なかなか芸が細かい演出を、ロレンツ監督は見せてくれました。

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