精神の声<第1話-第5話>

劇場公開日:

解説

旧ソ連のタジキスタン共和国で続く内戦に派兵されたロシア軍の若き兵士たちと生活を分かち合い、その魂の真実に迫る精神的・霊的なドキュメンタリーの試み。「静かなる一頁」「ロシアン・エレジー」など映像による独自の精神世界を切り開いてきた現代ロシア映画の鬼才アレクサンドル・ソクーロフがベータカム・ビデオを駆使して完成させた。映像による瞑想ともいうべき長編映像詩の金字塔。撮影は最初「セカンド・サークル」「ストーン」「ロシアン・エレジー」「静かなる一頁」などソクーロフ作品のほとんどを手掛けてきたアレクサンドル・ブロフが担当したが、途中から若手のアレクセイ・フォードロフに交代した。音楽はモーツァルトのピアノ協奏曲17番、19番、23番とベートーヴェンの交響曲第7番、それにフランス現代音楽の代表的巨匠で92年逝去したオリヴィエ・メシアンの作品から、そして第二部以降は日本の現代音楽最大の巨人で、映画音楽にも大きな足跡を残して先頃急逝した巨匠武満徹の『波の盆』が主要モチーフとして使われている。撮影の対象となったのはタジク=ロシア国境地域に駐屯するモスクワ国境警備隊第11駐屯地の兵士たちで、そのほとんどが撮影後戦死しているという。過酷な戦闘で遺品・遺骨もほとんどなく、唯一の形見として未編集の撮影テープが遺族に贈られた。ナレーションはソクーロフ本人。本作はまず95年ロカルノ映画祭に出品され、同年の山形国際ドキュメンタリー映画祭では特別招待作品としてクロージングに上映されて大きな衝撃を与えた。その後96年ベルリン国際映画祭、ニヨン国際ドキュメンタリー映画祭でも招待上映、また95年10月にはロシアで全編テレビ放映されている。

1995年製作/328分/ロシア
原題または英題:Spiritual Voices from the diaries of war/a narrative in five episodes
配給:パンドラ
劇場公開日:1996年8月10日

ストーリー

〈第1話〉ロングショットに浮かび上がる、川べりに木々の並ぶロシアの大地。私がモーツァルトのことを語り、そのピアノ協奏曲が響く。続いてメシアンの音楽がかかる。同じように才能に恵まれながら、なぜモーツァルトの時代には調和が達成されたのに、メシアンの現代では音譜がバラバラのように響くのか。モーツァルトとほぼ同時代の、やはり天才として、ベートーヴェンの交響曲第7番が奏でられる。そして再びモーツァルトの協奏曲。遠くで銃声のような音が聞こえる。そのあいだも同じ風景がまったく同じ角度のまま映し出されるが、時間が目まぐるしく変わっていく。大地に夜とばりが降り、その風景を夢見ている人物なのか、眠っている若い男の寝顔に画面がゆっくりとディゾルヴする。ロシアを離れ、タジキスタンに行かなくては…・。〈第2話〉プテルスブルクから私は国境の基地にやってきた。ここから戦場へはヘリコプターで向かう。若い兵士たちと共にヘリコプターに乗り込む。前線に着陸、だがここから駐屯地までには、まだ陸路で長い距離を旅しなければならない。トラックで移動しながら、私のカメラは駐屯地の若い士官の横顔を見つめる。彼は何才だろう、せいぜい23、4歳に違いない。トラックはやがて前線の第11駐屯地に到着した。私はこれからここで生活する。まだ6月だというのに、ひどく暑い。〈第3話〉戦場は今日も蒸し暑い。私は兵士たちとともに見回りに行く。足の不自由な私に、タジキスタンの険しい山道はつらい。山の上で、兵士たちは質素な昼食を支度する。しばしの休息、ラジオからロシアの音楽が聞こえる。雷が鳴る。だが雨は降らない。夕方、私たちは谷の基地に戻った。今日は戦闘らしい戦闘はなかった。やがて日が暮れる。歩哨に立っている兵士たちは起きているが、駐屯地全体がやがて深い眠りに落ちていった。夢のように、雲の彼方に傷ついた天使が運ばれる絵画が浮かび上がる。〈第4話〉若い兵士が樹に止まった虫と戯れている。除隊する兵士たちが皆と抱き合って別れを惜しみ、トラックで去っていった。いつものように気だるい一日、兵士たちは陽気に川べりの塹壕を掘る。突然、奇襲攻撃が始まった。すぐそばで戦闘が起こっているというのに、私は不思議にも恐怖を感じられなかった。現実の戦闘に、戦場の美学などというものが全くない。ただ流血と、泥と、焼け焦げたものの残骸があっけなく散らばるだけ。戦闘が終わり、二人の兵士が裸になって陽気に水を浴びせ合っている。二人は一枚のタオルを一緒に使って体を拭く。怪我をした青年が包帯を巻いて担架に横たわっている。〈第5話〉戦場の冬、12月31日。夕暮れに、今日も山道を見回りが続く。この土地では一メートル上に上がる毎に命の重さが軽くなる。命は儚いだけに、ますます尊く思える。まもなく新年だ。兵士たちは故郷の母を思う。ささやかな新年を祝うべく、彼らはピロシキを準備してケーキを焼く。12時、シャンペンで新年を迎える。1995年はどんな年になるのだろう?深夜の山道を私はカメラを携えて歩く。山の上の陣地で新年を迎える兵士たちに会うためだ。午前4時、上の陣地の兵士たちは私を温かく迎え、撮影は順調ですかと尋ねて、いろいろ気をつかってくれる。シャンペンをマグカップで廻し飲みして新年を祝ったあと、私はまた昼間に来るからと約束しつつ、彼らに別れを告げた。基地に帰ると、兵士たちが床につく支度をしている。「罪と罰」のラスコーリニコフとソーニャの会話(「静かなる一頁」の音声)がどこからともなく響く。「神なんていないさ」…・。夜のとばりの降りたタジキスタンの山々を見つめながら、私はつぶやく。もうロシアに帰らなくては、ペテルスブルグに…・。

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