ゴルゴダの丘
解説
「白き処女地」に次ぎ「地の果てを行く」に先んじて製作されてジュリアン・デュヴィヴィエ監督作品で、脚本はデュヴィヴィエが僧会会員ジョゼフ・レイモンと協力して書卸した。出演者は「罪と罰(1935)」のアリ・ボール、「地の果てを行く」のジャン・ギャバン及びロベール・ル・ヴィギャン、舞台出身の人気女優エドヴィージュ・フィエール、「白き処女地」のアンドレ・バッケ、「商船テナシチー」のユベール・プレリエ、「栄光の道」のジャン・フォーレ、「地の果てを行く」のシャルル・グランヴァル、舞台から来たリュカ・グリドゥー、ジュリエット・ヴェルヌイーユ其の他で、撮影は「地の果てを行く」「白き処女地」のジュール・クリュージェが主任として当たった。音楽は「ドン・キホーテ(1933)」「母性の秘密」のジャック・イベールが担当している。
1935年製作/95分/フランス
原題または英題:Golgotha
ストーリー
ローマ歴七八六年のこの日、エルサレムにはユダヤ全国から巡礼の群集が、逾越節に列らんものと押し寄せていた。この時弟子共からキリストと呼ばれる予言者ナザレのイエスは、群集の歓呼を浴びてエルサレムの町に入った。しかし天空に聳え立つ集議者の高楼からこの人波を見て、嫌悪と畏怖を抱いたのは大司祭カヤパと集議所員達であった。このガラリヤ人は彼等の権勢を奪い去るかもしれないのだ。しかしイエスは衆人の不審を尻目に寺院内に消え失せ、その日は再び姿を現さなかった。翌日寺院の前庭は只ならぬ騒ぎであった。イエスが商人達を追い払ったのだ。群集を前にしてイエスは真理を説いている。集議所員達はいよいよ狼狽した。自らの地位を守るためにイエスを除かねばならぬ。カヤパ等は額を集めて凝議した。当時ユダヤはローマの支配下にあり、彼等には人を死刑に処する権利はなかったのである。そこでカヤパはローマから派遣されている大守ピラトを術中に陥れてイエスを死罪にしてしまう策略を立てた。先ずイエスを捕らえねばならぬ。あたかもイエスの弟子の一人ユダは銀三十の代償で主を売った。彼は甲冑に身を固めた兵士の先頭に立って、イエスと弟子共の眠っているゲッセマネの谷に追って行く。来るべき自分の運命をイエスは静かに待っていた。イエスは捕らえられカヤパの前に引かれ、イエスは更にピラトの所へ連れ行かれた。ピラトの妻クローディアはこの聖人を自分の夫が罰するのを喜ばなかった。今はカヤパの術策に陥ったピラトはイエスの処置に窮し、ちょうどその時エルサレムに滞在中の、イエスの生地ガラリアの大守ヘロデ王の許にイエスを送ったが、ヘロデも亦之をピラトに送り返した。ピラトはイエスを罰すべき理由を見い出せなかったが、集議所員達に金で買われた民衆は口々にイエスを罵り死罪を叫んだ。ピラトはこの民衆を鎮めるためイエスを笞刑にしたが人々は死罪を叫んで止まなかった。ピラトは遂にイエスに磔刑を宣した。十字架を背負い、無智な群集の怒号の中をイエスはゴルゴダの丘へ上って行く。集議所員の勝ち誇る時イエスは十字架の上に首を垂れた。その時天は怒り地は揺れた。それから三日、死骸を埋めた墓を訪れたガラリヤの女達は霊光の中にイエスの声を聞いた。キリストは甦った。弟子達の前に姿を現した。弟子達は今こそイエスの王国が地上のものでない事を悟り、揺るがぬ信念を抱いて善き言葉を凡べての人々に伝えるであろう。
スタッフ・キャスト
- 監督
- ジュリアン・デュビビエ
- 脚本
- ジュリアン・デュビビエ
- ジョゼフ・レイモン
- 原作
- ジュリアン・デュビビエ
- ジョゼフ・レイモン
- 撮影
- ジュール・クリュージェ
- 美術
- ジーン・ペリエ
- 音楽
- ジャック・イベール
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Herodeアリ・ボール
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Lonce Pilatoジャン・ギャバン
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Jesusロベール・ル・ビギャン
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Caipheシャルル・グランバル
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Le Grand Pietre Anneアンドレ・バッケ
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Piereユベール・プレリエ
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Judasリュカ・グリドゥー
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Gersonエドモン・ヴァン・ダエル
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Joseph d'Arimathieマルセル・シャブリエ
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Scribeマルセル・カルパンチェ
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Claudia Proculaエドウィジュ・フィエール
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Marieジュリエット・ヴェルヌイーユ
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Marie Madeleineヴァナ・ヤミ
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Sanhedriteビクトル・ビナ
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Sanhedriteヴィギエ
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Sanhedriteサイヤール
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Jeanジャン・フォーレ
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Jacquesフィリップ・ヘルセント
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Phillippeモーリス・ラグルネ
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Mathieuポール・アスラン
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Centurionロバート・オーザン
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Legionnaireジョルジュ・ペクレ