曲馬団のサリー

解説

グリフィス氏が帰米後ユナイッテド・アーティスト社で最後に製作した映画でドロシー・ドネリー女史作の舞台劇によりフォレスト・ハルシー氏が脚色し、デヴィ・グリフィス氏が「素晴らしい哉人生」に続いて監督した。主役は「アメリカ」「素晴らしい哉人生」等出演のキャロル・デンプスター嬢で舞台で有名な喜劇俳優現にジーグフェルド・フォリースのスターたるW・C・フィールズ氏が共演する外、「大北の怪異」「青春来る」等出演のアルフレッド・ラント氏、「アメリカ」等出演のアーヴィル・アルダーソン氏、エフィー・シャノン嬢等が主要な役を演じている。

1925年製作/アメリカ
原題または英題:Sally of the Sawdust

ストーリー

マッガーグルは小さいサーカスの客呼びの芸人で彼はサリーを子供の時から育てて来た。サリーの父は同じサーカスの芸人で母は東部の名家フォスター家のひとり娘だった。彼等はサーカスに別れてグリーン・メドウにやって来た。マッガーグルはフォスターに会ったけれども彼の頑固無情な性質を見てサリーのことはなんにも言わなかった。サリーはレノックス家のペイトンに見初められ彼女も憎からず思ったが、物堅い親は喜ばずペイントンに旅行させた。マッガーグルが賭博をしている所に手入れがあった時サリーは父を逃がしてやったが己は捕らえられ牢に入れられ、フォスター判事は我が孫娘とは知らず彼女を感化院に送ろうとした。サリーの捕らえられたことを聞いたマッガーグルは法廷現れて彼女の身の上を話した。頑迷な人々の心も解けた。旅行から帰ったペイントンとサリーは楽しく語り合った。

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映画レビュー

3.0☆☆☆★★ ピアノ伴奏付き上映会にて初見 その昔、うん十年前。場所...

2019年11月13日
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☆☆☆★★ ピアノ伴奏付き上映会にて初見 その昔、うん十年前。場所もここフイルムセンターでのD・W・グリフィスの大特集。 連日通い(上映された)全作品を制覇したのは若き日の思い出。 その時に観た、『國民の創生』『イントレランス』『散りゆく花』『東への道』『嵐の孤児』と言った作品群には度肝を抜かれたものだった。 とにかく、そのスケールのデカさ。問答無用で【鬼】と言っても良い程の演出力。終盤に起こるクロスカッティングのテンポによって巻き起こる高揚感。まだ映画を見始めて間もない頃だけに、「流石に《映画の父》と謳われるだけの事はあるなあ〜」と、思ったものだった。 それだけに。今回、初見の映画本編を観ながら…「え?これがグリフィス?」との思いが強かった。 あの空前絶後のスケールで描くグリフィスワールドは一体何処へ? 帰りの電車でウィキペディアをググってみたのだけど。そこで改めて感じたのが、グリフィスの業績の物凄さ・偉大さだった。 だけど…同時に。 『國民の創生』から『嵐の孤児』まで。グリフィスの絶頂期はまさにこの時代に間違いない。 今日観た『曲馬団のサリー』は、こじんまりとして話だけに。それらのグリフィスの絶頂期の作品とは残念ながらかけ離れている感じは否めない。 今改めて映画の歴史に燦然と輝く功績を残しながら、時代に取り残されてしまったグリフィス。その業績の凄さを知るだけに。その絶頂期が、僅か10年足らずだったのは驚きでしかなかった。 この作品の2年後には、ハリウッドにトーキー化の波が押し寄せるだけに。以前のグリフィス作品とのスケールの小ささに驚いてしまう。 膨れ上がる制作費。忍び寄るトーキーの波。観客の求めるモノとの乖離。 トーキー時代の到来で、多くの大スターがトーキーの波に乗れずに銀幕を去っていった。 同じ様に、監督ではあるが、グリフィスもまたこの後、トーキーの波に乗れずにもがき苦しみながら消えていってしまったのだろうか? 実は、本編を観ながら『チャップリンのキッド』との関連性が有るのか?…を少し考えていた。 『キッド』は1921年の製作で、本作品は1925年。 本質的には全く別の話ではあるものの。個人的には何となくでしか無いのですが、どことなく同じ様な匂いを観ていて感じのですが…。 あちらは幼い子供の話だったが、此方は結婚適齢期にある女性を巡る話。 人情話であるだけに。それまでにグリフィスが執拗に描いて来た、人間の業に近い話とは一線をかしていた様に思う。 チャップリンは放浪者を演じ続ける事によって、人間の寂しさ・儚さ。そして更には、人間の愚かさ・心の醜さを、チャップリンとゆう純粋な心を持つキャラクターを通して描いていた。 それに対して、この作品の主演W・C・フィールズは人の良い芸人。但し、チャップリンとは違って上昇志向を持っている。 それだけに。ラストではまた放浪の旅に出るチャップリンとは違い。フィールズは周りからの歓迎を受け、成功者として成り上がる為に。観客側として、「ああ、良かった!」とは思いつつも。先に知る『チャップリンのキッド』を観た時の高揚感は今ひとつ得られなかったのでないか?…と。 それとはまた別の要素として、グリフィスには多分に言われている様な《差別主義者》的な側面があると思われる。 それだけに、本編で描かれる人情話にちょっとした違和感を感じずにはいられなかった。 それでも。クライマックスに待ち構えるクロスカッティングには。絶頂期程では無くとも、流石と言える片鱗は見せてくれる。 どうしても、グリフィス作品として物足りなさは感じるのだが。主演のW・C・ウエルズの存在によって、終始クスクスと笑える楽しい作品とはなっている。 流石にサイレント時代に頭角を現し、その面白さをトーキー時代に花開かせただけのことはあった。 だけど…。 子犬は蹴っちゃダメだそ! 2019年11月12日 国立映画アーカイブ 長瀬記念ホール O Z U

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