海の壁
劇場公開日:1958年3月5日
解説
マルグリット・デュラスのベスト・セラー小説の映画化で、仏領インドシナに水田地帯を切拓く一家の姿を描いた1篇。「海の荒くれ」のアーウィン・ショウと「居酒屋」のルネ・クレマンが共同脚色、クレマン自ら監督した。撮影は「道」のオテッロ・マルテッリ、音楽は「カビリアの夜」のニーノ・ロータ。主演は「人間と狼」のシルヴァーナ・マンガーノ、「驀走二万哩」のリチャード・コンテ、「胸に輝く星」のアンソニー・パーキンス、「夏の嵐」のアリダ・ヴァリ、「OK牧場の決斗」のジョー・ヴァン・フリート、それにネーミア・パーソフなど。
1957年製作/アメリカ
原題または英題:This Angry Age The Sea Wall
配給:コロムビア
劇場公開日:1958年3月5日
ストーリー
仏領インドシナの海岸沿いに、男まさりの未亡人デュフレスン夫人(ジョー・ヴァン・フリート)の広大な水田地帯が広がっている。彼女は、娘のスザンヌ(シルヴァーナ・マンガーノ)、息子のジョゼフ(アンソニー・パーキンス)と土着の40家族の力をかりて、この不毛の土地を水田に変えようと力を尽くしていた。海岸には耕地に侵入してくる海水を防ぐため防波堤が築かれていたが、コンクリートで固める費用がなく丸太で支えていた。デュフレンス夫人は女手一つで今日を築いてきたが、それだけに専制的で水田にたいして執念に近い愛着をもっていた。ある日、アルバートという金持ちの息子が訪れ5000ドルで土地を買いたいと申し出てきたが、夫人は烈火の如く怒った。アルバートは土地買取りもさることながらスザンヌに接近しようと思ってきたのだ。スザンヌは美しかった。が、ジョゼフも含め2人の子は専制的な母に反感をもっていた。その夜ジョゼフは母と言い争い家出した。彼は町へ車を走らせたが、この時台風が襲ってきた。途中、水浸しになっているバスに出会ったジョゼフは防波堤が決潰し、洪水になったことを知った。バスに乗っていたマイケル(リチャード・コンテ)という白人が救助に手を貸そうと申し出たので、彼を連れてジョゼフは家に引返した。翌朝、嵐はおさまった。マイケルは町へ帰ろうとしたが、それをスザンナが止めた。恐怖の一夜をともに過ごした彼女の胸にはマイケルにたいする恋が芽生えたのだ。マイケルは実は政府の命令で夫人の土地を明渡させるためにきた身であった。しかし夫人の水田に注ぐ情熱を知った彼は黙って町へ去ることにした。翌日、一家も防波堤再建の費用を作るため町へ出、アルバートに借金を申し込んだ。アルバートは拒絶したが、その代わりスザンヌが3日間自分と町に滞在するなら1000ドルの指輪をやろうといった。スザンヌは勿論ことわったが夫人は怒って娘を殴った。そんな母親をみてジョゼフは再び姿を消した。彼は町で仕事を探すうちクラウデ(アリダ・ヴァリ)という女と知合った。一方、町の宿についた夫人は心痛の余り倒れてしまった。そのころスザンヌはマイケルを訪ねていた。新しい仕事を求めてポルトガルに行くというマイケルに、スザンヌは同行を求めたが不幸になるばかりと断られた。宿に帰ったスザンヌは母の病気を知り、彼女のためにとアルバートを訪ね、3日間一緒に過ごそうと云った。その後マイケルと会い、愛する男に身をまかせたスザンヌは約束通りアルバートの許に行った。アルバートは彼女を引き寄せた。が、諦めきって何の感情も見せぬ彼女に手を出しかね、1000ドルを投げ出した。翌朝、夫人とスザンヌは家へ帰ったが、夫人は衰弱して遂に死んだ。これを機会にスザンヌはマイケルと行をともにすることになった。が、ジョゼフは母の愛着したこの土地に残ることにした。マイケルとスザンヌを乗せたバスが水平線に消えてゆく。その後にジョゼフが、いつまでも立っていた。
スタッフ・キャスト
- 監督
- ルネ・クレマン
- 脚色
- アーウィン・ショウ
- ルネ・クレマン
- 原作
- マルグリット・デュラス
- 製作
- ディノ・デ・ラウレンティス
- 撮影
- オテッロ・マルテッリ
- 音楽監督
- フランコ・フェルラーラ
- 作曲
- ニーノ・ロータ