永遠の0のレビュー・感想・評価
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リベラルな戦争映画
私は原作を読んでいないのでその内容は知らないが、映画は思いの外リベラルな戦争映画に仕上がっており、なかなか感動的だった。
従来の特攻を題材とした戦争映画は、特攻隊員達の国や家族を想う真摯な姿を描くあまり、特攻作戦の愚劣さを正面に出さないきらいがあった。特攻隊員達の国や家族を想う気持ちは確かに純粋で尊い。しかし特攻作戦はただ軍部の「勝つための努力をしている」という面子作りのために行われたようなもので、初戦こそ戦果を挙げた(米軍もまさかそんな馬鹿げた作戦を行うとは思っていなかっただろうし)ものの、彼らの死は家族を守ることにはほとんど役立っていないのが現実だ(決して海野十三の愚劣なほど楽観的な「諜報中継局」のようにはならなかった)。
また0戦は開戦当初こそ確かに圧倒的な性能を誇ったが、その後の度重なる戦いによる熟練搭乗員の減少や米軍の対応(単機での戦いを避ける、より高性能な機体を投入するなど)で、大戦後期にはその優位を失っていた。
これらの事実を(軍隊の非人間性も含めて)この映画はきちんと描いている。
当時の日本(大日本帝国)は、日清及び日露戦争や第一次世界大戦で勝利したことで「戦争ボケ」で思い上がり、ソ連軍に敗北を喫したノモンハン事件も教訓にせず、「日本よい国 きよい国 世界にひとつの神の国 日本よい国 強い国 世界にかがやく えらい国」と思いあがり、米英との戦争に突入した。
現在と同じく資源がほとんどない日本が、その輸入元である資源豊富な米国と戦えばどうなるかは、当時でも心ある人は分かっていた。例え開戦已む無しであったとしても、引き際(負け際)を決めておかないと国が亡ぶまで終わらなくなってしまうことも。
それなのに軍上層部は自ら設定した絶対防衛圏を破られ、本土が空襲にさらされ敗色濃厚どころか敗戦確実となっても、それを受け入れることも自分たちの責任を認める勇気もなく国民に嘘をつき続け、挙句は「一億玉砕」を謳い日本民族を天皇との無理心中に引き込もうとした。こんな愚かな暴走は二度と許してはならない。
「戦争という殺し合いはしたくない」と言う人間として当然の気持ちを「平和ボケ」と罵り、自省史観を自虐史観と決めつけて非難し、自賛史観(自尊史観)と愛国心の涵養を主張する昨今の流れは大いに警戒しなければならない。この上非国民や国賊、売国奴という言葉が広まってくれば要注意で、その内「銀英伝」の憂国騎士団のように自らは安全な所に居ながら、他人に「国を愛せ、守るために戦え」と煽り立てる輩が出てくるかもしれない。
ただ作中の合コンシーンで自爆テロと特攻作戦を同一に論じるのには抵抗がある。特攻作戦は愚劣ではあるが戦争と言う枠組みの中で、軍隊同士が戦う中での戦法の一つである。そこには自分の命を捨ててでも国や国民を守りたいという「他者への想い」がある。これに対し自爆テロは神への信仰(それもかなり狂信的な)に従うという名目で、一般市民を巻き添えにすることも躊躇しない、言わば「自己満足」によるものだと思う。
一般市民を犠牲にしたという面では、米軍による日本各地の大空襲や原爆投下の方がよほど罪が重いし、本作とは関係ないが捕虜の虐待と言う面ではソ連によるシベリア抑留に勝るものはないだろう。
映画では何故宮部が軍人になったか(開戦時既に戦闘機乗りだったことから、召集兵ではなく志願兵だったと思われる)が描かれていないが、あれほど家族思いの男だから軍に入ったのは結婚前で、何か已むに已まれぬ事情があったのだろうと推測できる(この部分も原作では明らかなのだろうか)。
原作者はこの映画に満足しているとコメントしているが、どうしても描ききれていない部分はあると思うので、原作を読んでみようと思う。
私は死にたくありません
原作を数年前に号泣しながら
見たのを思い出して、映画館で
鑑賞(o^^o)
絶対泣かない(化粧がとれる)
と心して挑みましたが
号泣してしまいました(笑)
零戦を題材にした
宮部という人物像を探っていくのですが
彼は海軍一の臆病者だった
あんな卑怯なヤツ見たことない
と、散々な言われよう。
私は死にたくありません
そのような言葉を残した彼が
なぜ、特攻で死んだのか?
その戦場の過酷さをしらない
私たちの時代では遥かに理解できない
心に闇をかかえていたのかも。
宮部という人は原作では
とても真面目な人物に読み取れます。
頭のいい、
部下である人に敬語をつかったり
いつも、笑顔というよりニコニコしている
そんなイメージです。
”想いを伝える”
無意識であろうと
宮部という人の思いは
計り知れず色々な方に届いています。
どんな形でも宮部久蔵は
帰ってきたのです。想いは生きて。
原作では戦後、アメリカ兵OBとの
パーティが開催されるのですが
彼は生きているのか?
いや、特攻で死んだんだよ。
そうか‥一度会いたかったな‥。
想いは届いてるんです。
それが果てしなく続く空の上で
あっても‥!
この映画で泣けた方は原作を
読まれることを激しくオススメ致します!
特攻隊員がうかばれません
なぜなら、ありえない事実を積み上げて感動させるように仕組んだ映画であり、死んでいった特攻隊員の真実をゆがめた作品だからです。これを観て感動し、これが特攻隊だなどと思われては、死んでいった若者たちが浮かばれません。
この作品は内容的には前半と後半に分けられます。
前半は、凄腕を持ちながら愛する妻と娘のためになんとしても生き残ろうと決意している戦闘機乗りの宮部を描きます。彼は「死にたくない」と公言し、乱戦にあっては高空に退避して安全を確保します。いかに凄腕でも乱戦に巻き込まれれば不可抗力は避けられないからです。この発言と行動は周囲に知れ渡っています。
しかし考えても見てください。当時エリート軍人である飛行機乗りが「死にたくない」などとは死んでも言えない環境でした。全軍の士気をくじく最も嫌悪されるべき言葉ですから。
まして乱戦を避けて高みの見物など敵前逃亡で、下手をすれば軍法会議で死刑です。
それなのに、宮部は小隊を任され、後には教官として指導に当たります(左遷ではありますが)。まったくありえないでしょう。
後半になると、部下を失った衝撃から落ち込んだ宮部は、最後には後輩の身代わりとなって美しく散っていきます。
ここの部分、前半と整合性が取れません。凄腕を持ちながら、乱戦に際して高みの見物をきめるというのはまさに決死で戦っている戦友を見捨てるということです。そこまでして妻と娘のために生き抜きたかった宮部が、どうして最後に助かる可能性をわざわざ捨てたのでしょう。よく考えると変なのですが、そこをうまくカモフラージュして、目立たないようにしているのは作者の腕です。
散って逝くのは家族思いのやさしい男が効果的。だがそういう男はふつう助かるチャンスは逃さない。そこを巧みにくっつけて美談に仕立て上げたのがこの作品です。
それにしても、愛する妻と娘を思いながら死んでいった宮部の心情はどんなだったでしょう。当時女性一人で子どもを育てる環境は劣悪でした。自分が死ねば妻子が路頭に迷うことは目に見えていた。死んでも死に切れないとはまさにこのことです。
もう一つ、特攻という作戦についてです。これは本当に反人間的で、無意味で、愚劣な作戦でした。若者たちは「お国のため、父母のため」と自分を無理やり納得させて死んでいきました。しかし、その死は実際には何の役にもたたない犬死にだったのです。
すでに戦争の行方は決しており、とっくに降伏しているべき戦況だったのに、指導部は面子にとらわれていたずらに引き伸ばしを図っていました。
特攻隊は、最初こそ常識はずれの戦術から多少の戦果をあげたものの(米軍にとっては蚊に刺された程度にせよ)、その後多くの特攻機は目標を見ることすらできずに撃ち落とされるようになります。未熟な速成パイロットに操られ、重量爆弾をぶら下げた旧式ゼロ戦では、そうなることは分かりきったことでした。
生きたいという気持ちを「お国のため、父母のため」とねじ伏せて出撃したのに、目標を視認すらできずに撃ち落とされる隊員の悔しさは実に想像を絶します。
付け加えれば、この作戦を実行させた参謀たち(当時日本有数の秀才たち)がこの事実を知らなかったわけではありません。止めるべきだと主張した参謀もいたようです。それにもかかわらず、繰り返し繰り返し出撃させた戦争責任者は、まさに大量殺人者以外の何ものでもありません。
特攻隊を描くなら、この人生を奪われた若者たちの悔しさをこそ描くべきでしょう。また、このような反人間的な作戦が、ほかならぬ人間によってなぜ行われ得たのか、を考察すべきでしょう。
それなのに、この映画を見た後に残るのは、宮部の妻子を思う死んでも死に切れない怨念ではなく、後輩の身代わりになって死んでいった宮部の潔さ、清清しさではないですか? どちらが戦争の真実なのでしょうか。
作者は、この若者の美しい自己犠牲が戦争の真実だと言いたいのでしょう。しかし、実際の戦争は、残された家族への思いで後ろ髪を引かれながら、役にも立たない理不尽な死に方を押し付けられた若者たちの怨念なのです。
最後に、これは原作のほうですが、エピローグで、宮部の飛行機は米空母の甲板に体当たりします。しかし、抱えてきた爆弾は不発、炎上した機体から宮部の死体が見つかります。これを見た空母の将兵は「我々の対空砲火を潜り抜けて、よくぞここまで来た」「日本にサムライというものがいるなら、それは奴だ」といって賞賛します。
これって、ありえますか? 彼らから見れば、爆弾を抱えたまま突っ込むなんて、(映画の中では違うと言わせていますが)狂信的な自爆テロリストです。多くの将兵は不気味さに慄いただけだったはずです。
この不自然さを目立たなくするために、作者は宮部の死体のポケットから妻子の写真が出てくるという、空母に体当たり炎上した飛行機でありえないだろうというもう一つの不自然をも創作しています。
さすがに映画では採用されていませんが。
もう一度観直し考えたい。
男たちの演技が熱い!!
平日の朝 9時半上演というのに この寒い中 多くのお客さんが
来ていました。
いやあ・・・まいりました。泣きっぱなしでした。ハンカチと ちり紙 ぐしゃぐしゃです・・・・
戦争時代 戦わねばならない 男たちが熱くて 演技もうまくて 私の心の中にぐいぐい入ってきて もう 共感しっぱなしの泣きっぱなしでした。
お話も丁寧に作られていて 多くの登場人物が出てくるのですが
それを短いなかでも しっかりと描いている
そして 空中戦も目をみはるものが あり まるで自分も飛んで
戦っているような錯覚を覚えました
岡田准一と三浦春馬が好きなので観に行った作品ですが。こんなにも生きる力を見せつける映画だったとは・・・
今 思い出しても泣ける作品です。
大成功の人間ドラマ
昨日2回目鑑賞しました。
原作者・百田尚樹氏は「生きるということの素晴らしさ、家族といられる幸せに気づいていただければ、、、」』と話していました。このメッセージを伝えるヒューマンドラマとして成功した映画だと思います。だからこそ、世代を超えて多くの人が共感し感動し涙したのだと思います。時代設定が大戦時ですが戦争映画ではありません。根幹は「困難な時代、先人達それぞれが置かれた立場や宿命の中で、懸命に生きたことを現代に語り継ぐヒューマンドラマ」です。
テーマ、脚本、映像、音楽、キャスティング、全てが素晴らしく、感動しました。気が付いたら主人公の心情になって見ていました。涙を抑えられない場面が幾つもありましたが、ラストシーンでは止めどなく涙が溢れました。是非、映画館でみてください。
なめてました・・・
原作を読んでから鑑賞すると、さらにいいですよ。
私は原作を二回読みました。二度目も不覚ながら、涙を流しました。それが映像化されると聞き心待ちにしておりました。キチッと映像化できるか不安もありましたが。もう見事という他ありません。
この作品は進歩的文化人(日教組)に毒された、現代の日本人になにかしらの化学反応を起こすかもしれない。これほど悲しい、しかし純粋な愛情はない。この深い情念が理解できない人は、日本人にはいないはず。そう信じたい。
"情けは人の為ならず"を地で行く宮部久蔵に、今の日本はどう映っているか、私も含め恥ずかしいのではと思ってしまいます。
日本人ならば進歩的文化人の書いた歴史ではなく、真実の歴史を語るべき。
天皇陛下、心ある軍幹部、理論的に必敗を唱えた学者、若手官僚らの言論を逆賊として、封殺したマスゴミ。また、敗戦後は自分たちがやったことはほっかむりし、自らが望んでしたことではないのに、特攻隊員をテロリストよばわりしたマスゴミの横暴さを原作は見事に描いていた。開戦を煽ったのは、マスゴミであった冷徹な事実。映画では、そこがスッポリ抜け落ちている。非常に惜しい。こここそが、現代(近代も含む)の日本の病巣なのに。新聞社がいっぱいスポンサーに名を連ねていたが、反省からなのか、それとも別の目的からなのかな?
この映画がイマイチわからない方は、鹿児島県の知覧特攻平和会館(陸軍ですが)に行かれることをお勧めします。特攻隊員一人として望んて出撃したのではないことがよくわかります。本当に悲惨。涙、涙です。さらに、手紙の字が綺麗なこと。余計、涙を誘います。日本人が絶対に忘れてはいけない場所です。
宮部機が無傷だったことに疑問を持たれている方がいらっしゃいますが、開戦当時零式は世界最優秀で他を隔絶する格闘性能を実現し、搭乗員も世界最優秀だったため、弾が当たらないので、重くなる防御を捨てたと聞いています。設計者堀越さんは"戦時では優位は二年と持たないとして、次期戦闘機に着手していたそうですが"帝国海軍がホンの一瞬、無敵だったのも当たり前です。そのピカイチの腕を見せた場面がありましたよね。左ひねり込み(坂井三郎の得意技、一部には坂井さんの他にもたくさんできたらしいですが)、まさに神業です。また、VT信管の起爆を避けるための、海面ギリギリの高度での飛行。紅の豚にも出てきましたが、最高の飛行技術です。これだったら弾が当たらないのもうなづけます。
これらの場面を映像化しただけでも見る価値は十分にあります。
さて、大本営ですが、日露戦争時の軍部と比べてこれが同じ民族かと、司馬遼太郎氏も"坂の上の雲"でも嘆いておられました。同じ敗戦国のナチスドイツと比較しても、合理的精神のかけらも見えません。
アルデンヌの特攻作戦では、無敵の戦車(最高の兵器)を与えたドイツ陸軍の合理的思考。かたや、日本は型遅れの零戦で"神国"を騙り、十死零生の作戦を正当化した軍部の"言霊信仰"。軍令部が言霊信仰では困るのです。超リアリストでなければならないのに。
餓島(ガダルカナル島)奪回作戦などは、空母を含む機動部隊が壊滅した段階で、実施不可能。零式の航続能力だけに頼った"机上の空論"。この無謀な作戦でどれだけ多くの熟練搭乗員を失ったか。これだけでもこの作戦を企画した参謀は切腹ものです。餓島はあきらめなくてはならなかった。それを諦める戦略的、合理的的思考の欠如した秀才官僚参謀。彼らには臨機応変という言葉は理解されてたのか?(ドメル将軍懐かしい。)勉強は出来るが、現場を知らない高級官僚に支配されたどこかの国の現在に似ていますね。
このように合理的精神を持ち得ない日本人(それが美徳でもあるのですが)は、戦争という最もリアリティ、かつ合理的思考が求められる政治手段は使うべきではありません。民族的に無理なんです。せいぜい、本土防衛が限度です。
どの国の戦争も悲劇が付き物だが、太平洋戦争はあまりにも無残。非戦闘員まで巻き込んだのは、人種差別的発想しかできない欧米も悪いが、そうなることが想像できたにも拘らず、戦争に突き進ませたマスコミ、一部の官僚軍人に怒りを禁じ得ません。それに人生を翻弄された、無謀だと感じても必死に戦い抜いた無名の戦士の方々に合掌。皆さんの思いは今の日本で実現できていますか?
凛々しかった
戦闘機好きな父と観に行きました。
号泣しました。
最後の部分は涙をこらえるのに必死でした。
まず、CGが完璧です。
細部までこだわっており、迫力がありました。
キャストも演技が上手い人ばかりで、私的には満点の映画でしたね。
宮部さんの、
生まれ変わっても帰ってくる
とか、
生きる努力をしろ
という台詞には、考えさせられるものがありました。
この映画の中で、特攻隊員は、とっても凛々しく見えました。
今度、原作も読んでみたいものです(笑)
今年最初に、良い映画が観れました。
今を生きるということを改めて考えたい。
セロ戦乗りの本音
必見ですよ。
感動して涙が止まらない
二度と起こってほしくない…。
ドラマが0。
まず上映時間が144分もあることに仰天した。長いっ!
原作は未読、タイトルは知っていたけど内容は殆ど知らず…
監督があの山崎貴となっていたので、さてはVFXオタクの
本領を発揮するんだな?と思っていたら、本当にそうだった。
上映時間=VFX時間、戦闘シーンはかなりのリアル感。
戦闘機マニアには見所がたくさんあったのではないか、私も
映像面では(長い長いと思いながら)ココだな、と思っていた。
ドラマの方は、祖母の葬儀で現祖父が実祖父でないことを
知った青年が、姉と共に実祖父の人物像の謎に迫っていく物語。
様々な生き残り老員に話を聞いても、いい噂は聞こえてこない。
戦死を恐れる臆病者との烙印を押されていた祖父。
祖父とはどんな人物だったのか。青年はのめり込んでいくが…
過去を演じるのが岡田准一と井上真央の夫婦で、そこに生まれた
娘が現代での風吹ジュンということになる。ということは、
井上真央が再婚した人が、現代では夏八木勲が演じている祖父。
さほど分かり辛い構成ではないが、行き来する物語の編成都合上、
これが誰で、あれはこの人、と場面を確認しながらの鑑賞となる。
登場人物が多いので(ほぼインタビューの一回登場になるが)
せっかく名優陣を取り揃えているものの、登場場面が異様に短い。
何で144分もあって、せっかくのドラマがこんなに説明不足なのか
勿体ない作りで、感情移入する時間がないドラマになっている。
若手から見た戦争と、リアルを味わった人間との落差がまるで
学芸会の舞台劇のように(ドリフ調の)繰り返し回転で演じられる。
VFXはリアルでも、感情のリアルが描かれていないことが残念。
とはいえ、若手以外の老優たちは少しの出演時間に印象を残し、
ラストの場面カットでも「あぁこの人は…」という記憶に繋げる。
若手では祖父から襷を掛けられた、染谷将太の大石が出色。
彼がその後の誰にあたるか。ということは置いといて、
なぜ彼だったのか…?という真相の解明や、
松乃とのエピソードが後半で活きてくる。遺された妻子のその後。
戦場でどれほどの夫や父親や息子が奪われ、焼け野原に遺された
家族は、その後をどう生き抜いていったか。144分の最後の最後に
「生きる」ことの意味と、宮部が一番恐れていたものの正体が分かる。
やーっと、ここまできたか!!と、遅まきながら、そこで共感。
しかし思ったのは、
なぜこんなエピソードを今まで祖父や祖母はひた隠しにしたのか。
せめて娘にくらいは話しても良かったんじゃないか。
もし祖母に続いて祖父も亡くなってたら、この件はどうなったんだ。
現代の若者に対するアプローチはもっと早くに為されていいはず。
映画として命の尊さを解説するためには、
まずは臆病者の行から入って、VFXを駆使することが必要だった。
そういうことでしょうかね、監督。
だけどそこまでリアルに徹するのなら、残虐な命の終末を描くことも
必要なのでは。キレイなまま宮部久蔵が死んでゆくのはどうかと…。
(テロと特攻の討論は興味深いけど、今の学生さんは知ってると思うよ)
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