そして父になる : インタビュー
福山雅治に大きな糧をもたらした運命的な出会いと新たな意欲
「届くものは届く」。福山雅治が「そして父になる」で、是枝裕和監督らとともにカンヌ映画祭を体感して得た確信だ。コンペティション部門の公式上映での、10分以上に及ぶスタンディングオベーション。映画は国境を越える、を目の当たりにした瞬間だった。審査員賞受賞という結果にも喜びはあるが、「ちゃんと自信を持って、あきらめずに丁寧にやっていくことだと、あらためて感じました」と実感を込めて振り返る。自ら求めた是枝監督との出会いは、福山に大きな糧をもたらした。(取材・文/鈴木元、写真/堀弥生)
「誰も知らない」の最優秀男優賞(柳楽優弥)などカンヌでの実績は十分で、9年ぶりのコンペとなる是枝監督。対する福山をはじめキャストは“新参者”で、ヨーロッパでは無名に近い存在。その“ハンデ”をものともせず、「そして父になる」は熱狂的に受け入れられ、そして戴冠を果たした。
「当然、あの会場に僕のことを認識している人はまずいないですから。先入観もなく、是枝作品ということで見に来た方が皆、『ブラボー!』とスタンディングオベーションしているんですよ。それはすごく感動的で、『届きましたね、是枝さん』って感じ。あんなに鋭い目線の是枝さんは現場でも見たことがないくらい、怖いくらいの緊張感を持って挑まれていたので、それが伝わった瞬間は本当にうれしかった」
もともと是枝監督の製作スタイルに興味があった。それは、自身の音楽活動に通じるものを感じていたからだという。
「おこがましいことかもしれませんが、ずっと作品を見ながら推測していたんですけれど、これは是枝さんでなければ成立しない、1人の人間が最初から最後まで目を通して作らないと完成しないんじゃないかと、すべての作品から感じたんです。現場でハプニングが起こったとしても、それをプラスに転換していく。物理的なNGは存在するけれど、芝居的なNGはあまり出さない。自由な表現を現場で撮影して、最終的にご自身で編集して構築していく。それは、僕もレコーディングで気をつけていることでもあります。監督は、現場で起こったエモーション、興奮をとても大切にする方なのかと勝手にイメージしていたんです。そういう製作の現場をのぞいてみたい、そういう作品に出演してみたいという思いがどんどん強くなっていったんですね」
そして、知人を介して是枝監督との対面が実現。その際に温めていた数本の企画が提示され、2度目の会合で打診されたのが子どもの取り違えをテーマにした作品。後に「そして父になる」になるプロットだった。しかし、初めての父親役だけに懸念はあった。
「僕自身が気にしていたのは、とにかく父親に見えないと思うので、大丈夫ですかねということを是枝さんにうかがったんです。そうしたら『全然、大丈夫です』と。父性を獲得するというテーマなので、むしろ最初からそんなにすごくいいお父さんに見えていない方がいいと思うので、という感じの始まりでした」
野々宮良多は一流大学を卒業後、大手建設会社に勤め妻・みどり(尾野真千子)と6歳の1人息子(二宮慶多)と都心の高級マンションで暮らしている。何不自由のない生活だったが、慶多が生まれたときに病院で子どもの取り違えがあったことが発覚。良多は育ての子と実の子、どちらを取るかの選択を迫られていく。
子ども(子役)との共演もほとんど経験はなかったが、ここで思わぬキャリアが奏功する。2011年の「映画ドラえもん 新・のび太と鉄人兵団 はばたけ天使たち」で声優としてゲスト出演、翌12年の「映画ドラえもん のび太と奇跡の島 アニマルアドベンチャー」では主題歌「生きてる生きてく」を担当しことで、子どもの認知度が格段にアップしていたのだ。
「子どもたちが、『ドラえもんのおじちゃんだ』、『ドラえもんの歌を歌っている人だ』って言うわけです。これはいいなと(笑)」
加えて是枝監督は子役に演技をさせない。脚本を渡さず、セリフはシーン、カットごとに口頭で伝えるのみ。事前につくり込むタイプの俳優なら面食らうところだが、現場の空気感や共演者との呼吸で役を構築していく福山の感性とは見事にマッチしたようだ。
「いろんなプランや、やろうとしていることが全部、1度壊されるんです。そこからどう再構築していくかということの連続で、それが是枝監督の狙いでもあったと思いますし、僕自身もすごく楽しい作業でした。『そして父になる』は、まさに子どもに導かれて父に、母に、そして家族になっていくような映画。作り方自体もすべて、子どもたちに導いてもらっている状態だったんです」
そして、お披露目の晴れ舞台となったカンヌ。是枝監督と共演の尾野、真木よう子、リリー・フランキー、子役の二宮と黄升げんの主要な2家族がそろって味わった感動はいつまでたっても薄れるものではない。「そして父になる」はフランスをはじめ海外セールスも順調なようだが、作品が海外に広がっているという実感はあまりないようだ。
「ヨーロッパに行った時によく思うんですけれど、街のDVDショップなどでは(北野)武さんの作品はよく見かけていたんです。武さん、すごいな、どこに行っても作品が置いてあるなという感じで。そういうものの中のひとつとして、棚に並ばせてもらえることになるのかなという期待はしています。今後、ヨーロッパに行った時はビデオショップをのぞこうかなって(笑)」
いずれにしても、是枝監督とのコラボレーション、カンヌで目に焼き付けた光景は、体の中で蓄積され熟成されていくはず。既に胸に去来している思いが、新たな意欲となって芽生え始めていると見た。
「国が変わっても人種が変わっても、届くものは届くんだと。しっかり届く作品はあるというのを目の当たりにすることができた。だから、あまり決めつけずに『これがいい!』と感じた気持ちを信じてやった方がいいなということを、あらためて感じました」
俳優・福山雅治の、次なるステージがますます楽しみになってきた。