劇場公開日 2012年11月10日

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チキンとプラム あるバイオリン弾き、最後の夢 : 映画評論・批評

2012年11月6日更新

2012年11月10日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにてロードショー

人間にとって本当に怖いのは不幸そのものではなく、夢を失うことかもしれない

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満ちたりた人生を送るアーティストが、傑作を生み出すことはできるだろうか。これはあらゆる芸術家が直面する命題だろう。「ペルセポリス」等のシリーズで世界中にファンを持つコミック作家にして映画監督のマルジャン・サトラピにとっても、それは避けて通れない問題のようだ。悲恋をドラマチックに描いた「チキンとプラム あるバイオリン弾き、最後の夢」も、隠れたテーマはそこにある。

尊敬する師匠に、「技術は完璧だが、お前の音はクソだ」と言われたバイオリン奏者のナセルは、ある日運命の女性と出会う。彼女の父親の反対に遭い、泣く泣くふたりは引き離され、お互い親の勧める相手と結婚をする。だが彼女への断ち切れない思いは、彼に世にも美しい音色を奏でさせ、やがて名匠と言われるまでになる。「亡くしたものはすべて音の中にある」「その恋は尊い永遠の命を得た」。

だが映画はそこで終わらない。いやむしろ、本当の残酷な物語はそこから始まる。彼がその儚い夢すらも抱けなくなるような事態が……。

それにしてもサトラピの手に掛かると、これほどシリアスな話が適度にユーモラスかつ寓話的で、とてつもなくオリジナルな映画へと昇華される。もともとコミック出身なだけに、イラストと実写を混ぜるといった手法はもとより、時間軸をも自在にシャッフルしながらリアリティとシュールなファンタジーのあいだを飛翔し、それでいてストーリーの真髄にぐいぐいと観客を引き寄せて行くところなどは、根っからの語り部と言えるのではないか。

意外性のあるキャスティングも心憎い。主演のマチュー・アマルリックの妙演はもちろん、優雅この上ないイザベラ・ロッセリーニ、世にも怖い形相のキアラ・マストロヤンニら。とくに血統書付き二世女優としてもフランス映画界で一目置かれる存在のキアラを、こんな“ぐれた悪女”に抜擢する大胆さを持ち合わせているのは、さすがこの監督である。

芸術家にとって、いやすべての人間にとって本当に怖いのは不幸そのものではなく、夢を失うことなのかもしれない。そんなことを考えさせられる作品だ。

佐藤久理子

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