「2人に出会えたという幸せ」横道世之介 マツドンさんの映画レビュー(感想・評価)
2人に出会えたという幸せ
2001年に新大久保駅で転落事故があり、落ちた乗客と、助けようとした韓国人留学生、日本人カメラマン関根史郎さんがなくなりました。マスコミは美談として韓国人留学生を取り上げ、でも、関根さんのことはあまり話題になりませんでした。家族の希望があったとか。
「自分で自分を主張する言葉を持っていない人、それを与えられなかった人、そういう人の声にならない声を言葉にできるのが作家の特権」小川洋子の言葉ですが、この横道世之介を見終わった時、その言葉を思い出しました。吉田修一が思い描く関根さんの人となり、突然の終わりを迎えた人生、それが世之介くんです。美談で語られることを拒む、悲壮さのかけらも感じさせない普通の人。笑顔で思い出が語られる普通過ぎる、でも特別な人。
交際相手の与謝野祥子さんもいい味を出していました。彼女が2週間の予定でフランスに旅立ち、世之介くんが渡すはずだった写真が渡せなかったのは、彼女がなかなか日本に戻ってこなかったからでしょう。そして、何年もたってからの祥子さんは海外を飛びまわる生活。タンザニアを訪れるという、ちょっと特別な渡航は、一般的なビジネスではなく例えば国連とかNPOの活動をしているという事でしょうか。もしかしたら長崎の夜の浜辺で、ベトナムからのボートピープルに出会った経験が彼女の人生を大きく変えたのかもしれません。彼女は、赤ちゃん一人を救えない自分の非力さを悔やみました。その後のフランスでの体験がきっかけを与えてくれ、2週間の予定が長きに渡る留学に変わったのでしょう。独特すぎる世界に生きている彼女ですが、いつも彼女は自分で人生を選択しているのです。
一方、世之介くんは、駅のホームで乗客の転落に出くわします。韓国人留学生はそれに気づき、助けようと線路に降りたのでしょう。世之介くんはと言えば、その韓国人に引き寄せられるように、助けに行ってしまったに違いない。覚悟とか決断とかではなく、流されるままに彼は人生を漂う。でも、彼の生き方の底に流れるのは、祥子さんと同じものです。
そんな彼ですが、祥子さんに今夜は君と一緒に過ごしたい、と伝えるシーンがありました。彼にとっては、一大決心、最大限の主体性。でもその結末は、パンツ姿の彼が、着衣のままの祥子さんに説教されてしまう、へなちょこさ。祥子さん、どんな思いで世之介くんとの時間を思い出すのだろうか、と思うとちょっと泣けてきます。