「父を求める息子の孤独な後姿に涙」プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ 宿命 DOGLOVER AKIKOさんの映画レビュー(感想・評価)
父を求める息子の孤独な後姿に涙
題名の「THE PLACE BEYOND THE PINES」という意味は、そのまま訳すと、松林の向こうの場所、ずっと遠くで到達することができない、自分には手の届かない場所のこと。でも、ここでは単純に、先住民モホーク族の言葉でいうと、 この先、ずっと行ったところのニューヨークを指す。
映画の内容から、題名の意味を深く考えると、自分が赤ちゃんのときに死んでしまった父親を追い求める少年の心を暗示している。あるいは、死んだ父親が、本当は自分が求めていて、手に入らなかった安定した暖かい家庭のことを同時に示している、とも解釈できる。
邦題の「宿命」という言葉が、ストーリーの内容に適しているかどうか疑問。宿命というと、唐獅子牡丹を背に彫った、高倉健がヤクザを引退したのに、義理ある人のために決死で敵の陣中に殴り込む感じ。避けようにも避けられない定めに生きる浪花節的な、ストーリーを思い浮かべてしまう。
ストーリーは
バイクスタントマンのルークは 命知らずの危険なバイク乗りのアクロバットショーを見世物にして、街から街へと移動して稼いでいる。昔、恋人が居た街に、再びやってきた。そこでロミーナと再会する。彼女は ルークにすげないそぶりを見せて、何も言わないが、彼女が育てている赤ちゃんが、実は自分の子供だったことを 人から知らされて、ルークは衝撃を受ける。子供のために 力になりたくて、勝手にショーをやめて、定住することに決める。そして、まとまったお金を子供に渡したくて、悪友と組んで銀行強盗を始める。ジェーソンと名付けられた赤ちゃんと、ロミーナと、つかの間の幸せを噛みしめて、すっかり父親の気持ちになっている。
しかし、どんなにバイクさばきが巧みで、逃げ足が速くても、銀行強盗がいつも成功するとは限らない。ある日、逃亡に失敗して、遂に新米警官に追いつめられる。ルークはもう逃げ切れないことを悟って、ロミーナに電話する。「子供に父親がどんな男だったか、息子には絶対言わないでくれ」、と。 ルークが撃たれたとき、彼は、銃を持ってはいたが、電話を手にしていた。先に撃ったのは、どちらだったか。相手が銃をもっているかどうか解らない内に 警官から先に撃てば、犯罪になる。新人警官のアベリーは、悪人にたち向かうヒーローになるか、自分の恐怖心から容疑者を殺してしまった犯罪者になるのか、真相に目をつぶってもらい、彼は自分を擁護する。相手が撃ってきて、止むを得ず、撃ち殺してしまったと。しかし、死んでしまった男にも 自分と同じ年の子供がいたことを知らされて、アベリーは良心の呵責に苦しむことになる。
時が経った。警察を辞めたアベリーは、官庁に勤めている。アベリーがルークを撃ち殺したことで、夫に批判的だった妻とは離婚した。18歳になった息子が、ドラッグに溺れていて手を焼いている。息子のAJは、転校先の高校で、ジェーソンという静かで恥ずかしがりやの友達ができた。AJは 体も大きく、押しが強い。ひょんなことから、ジェーソンは、自分の本当の父親が、AJの父親に殺された事実を知ってしまう。大切な父親を撃ち殺しておいて、いつも自分が優位に立とうとするAJを、ジェーソンは許すことができなくなった。銃をもって、AJの家に押し入ったとき、その場に偶然現れたAJの父親を、ジェーソンは、成り行きで、誘拐して森に向かう。ジェーソンは 父親の「仇」を取ってアベリーを殺し、金をとって逃亡するつもりでいた。しかし、アベリーは 連れていかれた森で、膝をついて、ジェーソンに 心から謝罪する。そして、胸のポケットに入れていた財布を ジェーソンに投げてよこす。財布には、アベリーの唯一の良心の証のように、小さく折りたたまれた「ジェーソンを抱く父親ルークの写真」が入っていた。ジェーソンは、黙って森から立ち去る。バイクで遠く、ずっと遠くに走っていくジェーソンの姿。ここで終わる。
主人公のルーク役のライアン ゴスリングが、映画の半ばであっさり殺されていなくなってしまう という珍しい筋書だ。主人公なのに。 スクリーンからは姿を消すが 実際映画が終わるまで 彼の「面影」がついてまわる。居なくなった、その男のために残った者たちが苦しんだり、慕ったり、追い求めたりする。なかなか よくできた映画だ。ゴスリングは、「ノートブック」、「ブルーバレンタイン」、「ドライブ」などを主演、細身で甘いフェイス、繊細な感じの性格俳優だ。
映画のなかで、昔の恋人が 一言も告げずに自分の子供を生んで 育てていたことを知る。そのあと、一人きりになって大粒の涙をぼろぼろ落とすシーンがある。音もなにもなく、動きもなく、カメラはじっと 長いこと 長いこと動かない。このロングショットがとても美しい。また、1対1の会話のときに、ゴスリングは 瞬きもせずじっと相手の顔を見つめる。彼独特の雰囲気と目差しが、とても印象に残る。おまえの言うことを全身を耳にして聞いてるよ、と目が語っている。こんなふうに、じっと見つめられて話を促されたら、あんなことでもこんなことでもどんなことでもしゃべってしまいそうだ。映画関係者の間では、監督からも役者からも、男からも女からも、彼ほど心を許して付き合える人は他に居ない、と とても人気者なのだそうだ。本当に人柄が良いのだろう。好きな役者の一人だ。
映画で、ルークは、自分が大事にされて育ってきていないので、大切なものなど、何も持たないし、自分の命さえ どうでもよいと、粗末に扱って、命知らずのアクロバットで日銭を稼いできたが、突然「赤ちゃん」という宝物が現れて、動転する。赤ちゃん、、、金、、、強盗と、連想して、銀行を襲う単純さにも、あきれるが、そのような選択肢しかない世界で生きてきた無骨な男なのだ。
一方のアベリー警部は、親が法曹界で有名な判事で 正義について厳しく教育を受けてきた。教育もあり仕事も家庭もある。しかし、自分のしたことで、良心の呵責から一生逃れることはできない。この二人の男たちは、みごとに明と暗の対照をも見せている。
アベリー警部役のブラッドレイ クーパーは、「ハングオーバー」、「シルバーラインノートブック」でおなじみの役者。コミカルな映画ばかりに出ているが、正統派ハンサムの役者だ。
赤ちゃんのときに殺されてしまった父親を求める孤独な息子の姿が、胸を打つ。
小さな作品だが、心に残る映画だ。