「役者たちが軒並み良い」その夜の侍 CRAFT BOXさんの映画レビュー(感想・評価)
役者たちが軒並み良い
主人公の健一(堺雅人)は、妻を殺されたという思いからひき逃げ犯である木島(山田孝之)に復讐をしようとする。刀を包丁に見たて、クライマックスの夜まで毎日のように復讐宣言を木島に送りつける。妻の仇討ちを決意する侍ということだろうか。
しかし、健一は侍のように、ストイックでもなければ、それを成し遂げることもない。
健一が心の中で求めているのは、復讐よりも「何気ない会話」「他愛もない話し相手」である。
ひき逃げ犯である木島は、とんでもないクズである。健一の妻も、木島がすぐに救急車を呼べば助かったのかもしれないが、友人の小林(綾野剛)が通報しようとするのを止め逃げる。結局、ひき逃げ事件で5年間、刑務所ぐらしを送るが、出所後も反省の色はない。「自分の過去を周囲に言いふらした」と」言いがかりをつけて、知人(田口トモロヲ)を焼き殺そうとする。警備員として出会った由美子(谷村美月)に対しては、半ば強引に肉体関係を迫り、彼女の家に転がり込む。
ところが、こんなクズな人間にもかかわらず、なぜか周囲の人間には魅力を感じさせる。木島に魅力を感じる人間達は、健一と同じく孤独な人間であり、木島のようなアクの強い人間に振り回されながらも、その事で生きている実感を得るようだ。
健一もまた、妻をなくす前は、何処か魅力がある人物なのだろう。
亡くなった妻の兄・青木(新井浩文)は、健一が立ち直るように世話をし続ける。健一の経営する工場では、佐藤(でんでん)や久保(高橋努)が、仕事をサボってばかりの健一に文句も言わず、黙々と働く。木島の周囲にいる人間と違って、健一の周囲にいるのは、「他愛のない話」をすることの出来る人達だ。それは、後輩を居酒屋に連れて行き6時間説教する久保に代表されている。
そんな健一の周囲が心配するのをよそに、健一は復讐にだけ執着する。しかし、前述したとおり、健一の喪失感を埋めるのは、復讐ではなく「他愛もない話し相手」だ。妻の「最後の留守番電話のメッセージ」を毎日聞いて過ごすのは、妻の他愛のない話が、その留守番電話に残されているからだ。また、ホテトル嬢(安藤サクラ)を相手に、セックスが出来なくても延長料金まで払って一緒に居たかったのも、他愛もない話がしたかったからだろう。
だから、クライマックスで木島との「決闘」でも、健一は結局、復讐を遂げることなく他愛もない会話を木島に求める。
木島との決闘の末、健一は、妻の留守番電話のメッセージを消去する。もちろん、そんな簡単に健一が立ち直るはずもない。きっと、物語が終わった後も、健一は悶々とした日々を送るだろう。監督はそんな安易な結論を提示するつもりはない。決闘の後に健一は、偶然、青木が紹介した女性(山田キヌヲ)と出くわす。しかし、その女性は健一が雨の中でびしょ濡れになっているのに、車に乗せるわけでもなく、傘を差し出してラーメンを食べに行ってしまう。安易なハッピーエンドを用意するつもりなら、そこで車に乗せて、その女性との未来を感じさせるだろう。つまり、監督はそんな安易なストーリーを作るつもりはないのだ。
しかし、木島と向き合い、妻のメッセージを消去したことで、何か変化があるのだろう。それは、糖尿が悪化するからと妻に止められていたプリンを食べるのをやめる事かもしれない。ごく小さな変化かもしれないが、何か変わる。
そんな小さな日常の違いを敏感に感じさせる作品だ。
本作に出てくる役者陣達がみんな良い。正直いって、ストーリーとしては好きなものではなかったが、役者たちが良いので救われた。
主人公の堺雅人も熱演しているが、特にいいのが、クズである木島を演じた山田孝之だ。どうしようもないほどクズなのに、何処か魅力ある。クズっぷりが凄いだけじゃなく、周囲を振り回しても離れさせない男を見事に演じている。木島をしっかりと演じられなければ、成立しない作品だ。
綾野剛、新井浩文、高橋努、山田キヌヲなど、脇の役者達もとても良い。カラオケで「三日月」を悦に入って熱唱するホテトル嬢として登場した安藤サクラが、ちょっとした役どころだが、強烈な印象を残した。
役者たちの良さを引き出した監督の腕なのだろう。